“ザワつく”映画、3作目は第74回ヴェネチア国際映画祭で監督賞を獲得した衝撃作、グザヴィエ・ルグラン監督の長編デビュー作『ジュリアン』。離婚した父と母の間で揺れ動く息子ジュリアンの苦悩を軸に本当の意味での安全で幸せな家庭の在り方を問題提起するフランス映画だ。
この映画のザワつきポイントはいくつかある。まず驚くのは、冒頭の離婚調停シーンのリアリティだろう。
妻ミリアムと夫アントワーヌが子供の親権をめぐり裁判所で話し合うシーンから物語は始まるが、その話し合いのシーンに割かれている尺は、なんと約17分! 93分のうちの17分! しかもいきなり離婚調停シーンから始まるものだから、見ている側は「えっ、一体何が始まったの?」「何が問題になっているんだ?」とクエスチョンだらけになる。そこにルグラン監督の仕掛けと挑戦が込められている。
フランスにおける離婚訴訟の裁判は20分前後なのだそうだ。ルグラン監督は、裁判はどうやって進むのか、どんなやり取りが交わされるのかを徹底的に取材&リサーチ、そのリアリティをまるごと映画に取り入れたというわけだ。
冒頭17分のリアリティ、その引き込まれ力は半端ない。話し合われているのはこの映画の主人公、タイトルになっているジュリアンという11歳の男の子の親権について。妻は、夫の暴力のため単独親権を望んでいる。夫は、子供の成長には父親が必要であると共同親権を主張。裁判官のセリフに「どちらかがウソということですね」とあるように、夫の暴力は本当なのか、妻が嘘をついているのか、真実はわからない。でも、わずか20分前後の聞き取りで裁判官は判決を出さなければならないわけで──結果、共同親権となり、そこから先はジュリアンの視点で日常が映し出され、私たちはジュリアンを通して真実を目撃することになる。
リアリティあるシーンから始まるこの物語は、徐々にサスペンス映画として加速していく。そこにもザワつくポイントがある。ルグラン監督はこの初長編作を撮るにあたり『クレイマー、クレイマー』『狩人の夜』『シャイニング』から着想を得たと語っている(この3本は事前に見ておいて損はなし!)。
『クレイマー〜』は夫婦の離婚と親権をめぐる人間ドラマ部分を参考にしたことは想像がつくだろう。これは余談だが、ミリアムが髪をアップにしてゆったりとした白いシャツを着ているのは『クレイマー〜』のメリル・ストリープへのオマージュ。
そして『狩人の夜』『シャイニング』この2本が示すのは、愛憎、執着、支配といった感情が異常な狂気として浮き彫りになっていく驚怖、じわじわと追いつめられていく恐怖 だ。たしかに怖かった。この『ジュリアン』を見ながら何度、息を止めただろう。ピンと張られた糸がいつ切れるのか、切れてしまうのか、物語が進むにつれて心臓の鼓動は早くなっていくのだ。ホラー映画じゃないのに、こんなにドキドキするなんて……本当に怖かった。
最初から最後まで緊張感が続くのは、音にも仕掛けがあるからだ。ジュリアンの姉の誕生日パーティシーン以外、音楽は使われていない。その意図は、ジュリアンが感じる驚怖をより伝えるため。音楽がないことで観客は自然と敏感になる。ドアを閉める音、車のエンジン音、鍵をかける音、日常の何気ない生活音をこんなふうに感じるなんて! ……もう、ルグラン監督の計算し尽くされた脚本と演出、もちろん俳優の演技も素晴らしいのだけれど、とにかくザワつきっぱなしの93分なのだ。
フランス映画は、暗い、お洒落、小難しい、美しい、クセがある、と言われることも多い。苦手だという人もいる。しかしこの映画はそんなカテゴリーを軽く超えてしまう力がある。
映画には娯楽と学びと気づきがあって、この『ジュリアン』はもちろん学びと気づきの映画に入るが、そのなかにサスペンスという娯楽性もしっかりと加えられている。そこが凄いのだ。これが初長編映画だなんて、グザヴィエ・ルグラン監督、凄いぞ! 彼が撮る作品は何が何でも見たいぞ! そう思わずにはいられない、こんなにもザワつかせてくれる『ジュリアン』というフランス映画を見逃さないでほしい。
文:新谷里映
【ジュリアン】
2019年1月25日(金)より
シネマカリテ・ヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国順次公開