9作目は、映画界のレジェンド、クリント・イーストウッドの最新の監督&主演作『運び屋』。彼が演じるのは、90歳の運び屋アール・ストーン。この老人はなぜ危険な運び屋になったのか? なぜ麻薬取締局の捜査網をかいくぐることができたのか? 実話をもとにした衝撃作だ!
「映画を監督するたび、演技をするたびに、何かを学ぶものだ。それを通して、自分自身についての何かの感覚、あるいは感情を抱き、実際の人生で自分がどうするのかを考える。だからこそ、この仕事はとても魅力的なんだよ」
そう語るのはクリント・イーストウッド。現在、88歳! 彼が10年ぶりに監督と主演を兼ねた『運び屋』は、2014年に全米を驚愕させた事件──「シナロア・カルテルが雇った90歳の麻薬運び屋」という事件の記事で明らかになった、“90歳”の運び屋をモデルにした映画だ。
アールは退役軍人で、本職はデイリリーという高級なユリの花の栽培。仕事ひと筋で家庭を顧みずに生きてきたが、時代は変わり、事業は失敗し、気づけば財産も家族も何もかも失ってしまった孤独な老人だ。このアールという老人のキャラクターを構築するにあたり、『グラン・トリノ』でもイーストウッドと組んだ脚本家のニック・シェンクは、『グラン・トリノ』のリサーチ中に聞いた、多くの退役軍人との話を参考にしたそうだ。
退役軍人は2つのタイプに分かれると語っている。「ひとつは『グラン・トリノ』のウォルト・コワルスキー。ウォルトのように世の中に対して怒りを抱えている人たち。もうひとつは『運び屋』のアール・ストーン。怒りは隠し、チャーミングでほかの人々をすぐにくつろがせるような人たち」だと。後者が本作のアールの基盤となっている。しかし、アールは家族を犠牲にして生きてきた男、そのチャーミングさは残念ながら家族には向けられなかった。ゆえに90歳という年齢になってようやく、いかに家族との時間や家族との関わりが大切なのかに気づき、自分の置かれたその状況を打開するために、タイミングよく持ちかけられた“運び屋”の仕事を引き受けることなるのだ。
この映画は、アールという老人がA地点からB地点へ、車で荷物を運ぶ、ものすごくシンプルな話だ。もちろん、運んでいるものが麻薬ドラッグということで犯罪ではあるが、不思議なことにアールは罪に問われることをしているのだろうか……と思ってしまう、そんな不思議な魅力が彼にはある。イーストウッド監督が言うには「アールはとにかくあらゆることを正当化し続けている」キャラクターで、それも魅力に感じる理由のひとつ。また、彼が大金を必要とした最初の理由が孫娘の結婚式の費用のため、そこに同情してしまうのもあるだろう。
自分勝手に生きてきたダメダメなおじいちゃんが、孫娘のために何とかお金を工面しようとしている姿に、おじいちゃん頑張ってる……! と惑わされる。やっていることは犯罪、真っ黒であるはずなのにグレーになってしまう。その後もアールが運び屋を続けてしまったのは、同じ退役軍人仲間の店をなんとかするためだったりして、まるで良いことをしているヒーローのようでもあるのだ。だから思う、この老人は本当に悪いのかと──。
そんなアールを追いつめていくのは、ブラッドリー・クーパーの演じる麻薬取締局の捜査官コリン・ベイツだ。コリンとアール、追う者と追われる者の構図だが、2人には共通点があり、それもこの物語が伝えたいことのひとつになっている。
映画の冒頭、デイリリーがスクリーン一面に映し出される。アールはこのデイリリーを育てることに夢中で、家族をないがしろにしてきた。一方、コリンも家族より仕事を優先してきた男で、それが共通点だ。何が大切なのかを見失うなとキャラクターが伝えている。アールがコリンに人生について助言するシーンがあるが、この映画には印象的なセリフ、忘れられない心をザワつかせるセリフがいくつも登場する。
「俺みたいになるんじゃないぞ。
もっとも大事なものをないがしろにして、俺は仕事を優先した」
「人生を楽しめ。俺みたいに」
「本当に好きなことを見つけて、それをやれ」
「お金はあるのに、時間だけは買えなかった」
アールの言葉であり、イーストウッドの言葉であり、自然と2人が重なって見えてしまう。園芸家としてデイリリーにすべてを注いだアール、映画人として数多くの名作を作ってきたイーストウッド。さらに、アールと疎遠になっている娘アイリスをイーストウッドの実の娘であるアリソン・イーストウッドが演じていることもあり、ますますアールとイーストウッドが重なる。アールが90歳近くになってもモテモテの色気ある男性であるのも、イーストウッドの恋の遍歴を反映させているような……(※資料によると、正式な婚姻は2回、同棲は2回、交際多数、少なくても8人の子供がいて、66歳のときに娘が生まれている)。もう、いろんな意味でイーストウッド、凄すぎですわ!
「映画を監督するたび、演技をするたびに、何かを学ぶものだ」と言うイーストウッドの創る映画を観て、私たちもまた何かを学ぶ。きっとその学びはひとそれぞれ違うものだと思うが、この映画のラストシーンのアールのひと言は、彼の生きざまを感じるひと言で、決断が伝わってくるだろう。そしてアールに、オマエの人生は面白いか? 幸せか? 愛する人を大切にしているか? オマエは何をして生きていきたいんだ? と問いかけられているようでもあり、最後の最後までアールの魅力=イーストウッドの魅力にやられっぱなし! 静かでずっしりとしたザワつき、後引くザワつき、記憶に残るザワつきのある映画だ。
文:新谷里映
【運び屋】
2019年3月8日(金)ロードショー
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