昭和元年から渋谷を見守ってきた「名曲喫茶ライオン」。少しだけ入りづらいけれど、ドアを開けるとそこは異世界だった。タイムトリップして芸術に触れる空間は、次の時代へと続いていく。
およそ100年ほど前、東京の中でも「渋谷は田舎」だったことをご存知だろうか。華やかな中心地・ショッピングや観劇の中心といえば銀座や日比谷。
渋谷という街は何もない、ただの田舎だったのだという。
現在も残る道玄坂の「百軒店(ひゃっけんだな)」は、その田舎だった渋谷に、銀座や浅草のような場所を作ろうと1924年に西武によって開発されたエリアだ。
今も現役で営業している「名曲喫茶ライオン」は大正15年に恵比寿・並木橋で開業。まだ何もない渋谷の百軒店の誘致に答えて移転した、老舗中の老舗である。
斉藤アリスの東京カフェホッピングでも話題に上ったこの店を訪ねてきた。
現在の道玄坂は、夜の印象が強いゆえに、なかなか足を運ぶ機会は少ないかもしれない。
思い切って重厚なドアを開けて見ると、その想像もしていなかった世界に度肝を抜かれることだろう。
「タイムトリップ」とはまさにこのこと。
三代目店主の石原圭子さんが案内してくれた。
現在は1・2階の営業だが、吹き抜けの店内にドーンと鎮座するど迫力の巨大スピーカー。
全席が、スピーカーに向き合うように配置されている。
背もたれに白いカバーがかかっている特徴的な椅子が整然と並んで、まるで列車やバスの座席のよう。
店内の案内サインやディスプレイは初代の山寺弥之助さん(通称パパさん)の「お手製」。
義理の妹にあたる石原さんは笑顔でいろんなものを見せてくれた。
「パパさんは器用な人で、いろんなものを全部自分で作っちゃうのよ。お店のデザインや設計なんかも全部。面白いでしょ?ライオンのレリーフも自分で彫ってるのよ!」
席に着くとリーフレットが手渡される。
毎日15時と19時に「定時コンサート」が行われる。その内容はあらかじめ記載されている。プログラムを楽しみに来る客も多いのだとか。
もちろんノーチャージ。
クラシック音楽に詳しくなくても聞いたことのある音楽が流れる。
敷居が高いような気もするが、コーヒー代の550円だけ払って、この大音量の迫力コンサートが楽しめるなんて素晴らしい。
2階の一番前のアリーナ席は、学生さんが陣取ること多いとか。
ここでスピーカーと向き合えば、大迫力のコンサートだ。なんでも初代がパイオニアに特注で作らせたこだわりの3Dサウンドシステムだと言う。
石原さんが、古い写真を見せてくれた。創業の頃の写真だ。
「これは戦前のライオンね。大正15年に恵比寿で開業して、昭和元年にこの場所に移転してきた。この写真は昭和18年頃ね。」
その写真が残っているのもすごいが、バックのお店が当時からモダンなことにも驚かされる。
「私はここにお嫁に来る前は、日本橋で育ったの。初めて渋谷に来た時は衝撃だったわね・・・。何もなくて。こんな何もない田舎にお嫁に来て、大丈夫かしら!?って。銀座や日比谷に歩いていける華やかな場所で育ったのに(笑)。今は、ビックリするくらい変わったわね。」
石原さんはその時から渋谷の歴史を見守ってきたのだ。
「このあたりは空襲ですっかり焼け野原になってしまったの。それでもパパさんはすぐにライオンを復興させた。この辺りでは一番早かったんじゃないかしら。この写真は復興した後のライオンね。よーく見ると、初代の建物より凝った彫りが入ったりしてるでしょ?」
「ここに来るお客さんは、自分の定位置の席が決まっているのよ。自分は1階のここ、2階のここ、スピーカー前、とか人それぞれね。毎日絶対、そこ。音楽をじっと聴くのに適した、それぞれのお気に入りがあるのね。何十年も同じ席に座り続けているおじいちゃんも多いわよ」
みんなが音楽を楽しみにここに来る。持ち込みも可能だが、この店にはレコードからカセットまで、圧巻の音源が揃っている。おしゃべりをしに来る店でなく、じっくり音楽を楽しみに来る喫茶店なのだ。
音楽や文学にゆかりのあるお客さんが多いらしく、贈呈された絵画や書物は店の財産になっている。お客さんも含めた歴史の積み重ねが、この店のあちらこちらに見られるのも楽しい。
もちろん現在でも日々営業しているライオンだが、スタッフさんたちが日々使う中にも、昔ながらのものが垣間見える。ライオンが紡いできた歴史に敬意を表し、大事に使ってきているのがよくわかる。
こちらは厨房内にある、2階まで商品を乗せて運ぶ、エレベーター。もちろん自動ではなく、横にある紐を引っ張って押し上げるタイプ。スタッフさんによると、たまに重すぎたりして途中で落としてしまうのだとか(笑)
「パパさんが頑丈にやってくれたから、戦後だともう70年近く経っているのに内装や設備の劣化はあまりないのよ。将来は私の次男が継ぐので4代目も決まっているの。まだまだこの先何年も、何十年も続いていってほしいわね」
おしゃべりして、インスタ映えする商品の写真を撮るカフェの楽しみ方が流行っているが、たまには一人で歴史の重みを感じながら音楽を聴いてゆっくりする。そんな時間の過ごし方も「粋」なんだと、550円のコーヒー片手にいかがだろう。
エリア: | 東京 / 渋谷 |
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住所: | 〒150-0043 東京都渋谷区道玄坂2丁目19−13 |
電話番号: | 03-3461-6858 |
営業時間: |
月曜日 11:00〜22:30 火曜日 11:00〜22:30 水曜日 11:00〜22:30 木曜日 11:00〜22:30 金曜日 11:00〜22:30 土曜日 11:00〜22:30 日曜日 11:00〜22:30 祝日 11:00〜22:30 |
定休日: | 年中無休(年末年始・盆休み有り) |
公式WEB: | http://lion.main.jp/ |
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