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今夜、ザワつく映画たち

話題作には、必ず‘ザワつく’タネがある。美しい映像、ストーリーに隠されたギミック、キャストの壮絶な役作り秘話、語らずにはいられない強烈な何か…。そんな、私たちの心を、そして世間をザワつかせる作品を紹介していく。

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うちに秘めた美しさと醜さ。観る者を釘付けにする圧倒的なダンスにザワつく!

ホワイト・クロウ 伝説のダンサー

17作目は、バレエの歴史を変えたと言われるダンサー、ルドルフ・ヌレエフの誕生秘話を描いた『ホワイト・クロウ 伝説のダンサー』。俳優のレイフ・ファインズが20年の構想を経て、監督として映画化を実現させ作品だ。現役のプリンシパルを主演に迎えて映し出されるバレエ界のリアル、圧倒的なダンスシーンにザワつく!

(C)2019 BRITISH BROADCASTING CORPORATION AND MAGNOLIA MAE FILMS

ルドルフ・ヌレエフとはどんなダンサーなのか?

ルドルフ・ヌレエフとは誰か? 映画『愛と哀しみのボレロ』(1981年)に登場する舞踏家のモデルであり、最近ではフィギュアスケートの羽生結弦選手を海外メディアが評した際に引き合いに出されたり、何となく名前を知っている、という人もいるだろう。しかし、普段からバレエの世界に触れていない人にとっては、それって誰ですか? という人がほとんどではないだろうか。

彼は、20世紀を代表する伝説的なバレエダンサー“ヴァーツラフ・ニジンスキーの再来”と言われ、その名を歴史に刻んでいる人物だ。1938年にウラジオストックに向かう列車の中で生まれ、6歳の時に初めてバレエを見て「これこそ自分の人生だ!」と確信したヌレエフは、貧しい家ながらも「踊りたい」という情熱を貫き、ソ連バレエ界の門を叩く。そして23歳の時、西ヨーロッパ公演のパリでフランスに亡命することになる──。

(C)2019 BRITISH BROADCASTING CORPORATION AND MAGNOLIA MAE FILMS

そんなヌレエフの半生を『ホワイト・クロウ 伝説のダンサー』では、バレエと出会う幼少期、バレエを学ぶ青年期、1961年6月のヨーロッパ公演、3つの時代を軸に、どんなダンサーなのか? なぜ亡命しなければならなかったのか? 何が伝説なのか? を描いていく。

レイフ・ファインズが20年温めてきた企画

「一人の若者の自己を確立しようとする意志の強さに心を掴まれた。ダンサーとして成長するために、美術や文学や音楽といった他の芸術も貪欲に吸収する彼の個性に共感したんだ。また、どんな人間にも光と影があり、矛盾がある。ヌレエフはそのコントラストが強烈だった。人間の美しい部分と醜い部分を持ち合わせていて、僕はそこに惹かれるんだ」

(C)2019 BRITISH BROADCASTING CORPORATION AND MAGNOLIA MAE FILMS

そう語るのは、『ハリー・ポッター』シリーズをはじめ『シンドラーのリスト』『グランド・ブタペスト・ホテル』など数々の名作の出演で知られるレイフ・ファインズ。1993年に刊行された、ジュリー・カヴァナーによるヌレエフの評伝「Rudolf Nureyev:The Life」を読み、ヌレエフの野心や葛藤に心を掴まれ、約20年の歳月を経て映画化を実現させた。彼にとって『ホワイト・クロウ 伝説のダンサー』は、『英雄の証明』(2011年)、『エレン・ターナン 〜ディケンズに愛された女〜』(2013年)に続く、監督3作目となる。

主演は演技未経験の現役バレエダンサー!

芸術家を題材にした映画の場合、その世界で活躍する芸術家に演技をしてもらうか、俳優にその技術を身につけてもらうか、必要なシーンだけボディダブルを使うか……方法はいくつかあるが、レイフ・ファインズ監督が求めたのは、演技のできるダンサーだった。

(C)2019 BRITISH BROADCASTING CORPORATION AND MAGNOLIA MAE FILMS

ルドルフ・ヌレエフ役に選ばれたのは、タタール劇場(ロシア連邦タタールスタン共和国の首都カザンにある歌劇場)の現役プリンシパルのオレグ・イヴェンコ。本物のダンサーであることで、ダンスの技術、力強さ、美しさは言うまでもなく素晴らしいのだが、驚いたのは芝居の上手さだ。俳優としての演技経験はゼロとは思えないほど上手い。

たとえば、ヨーロッパ公演の最中にヌレエフはクララ・サンという女性と出会い、親しくなる。彼女の協力なしには亡命はできなかった。彼の人生においてとても重要な人物に対してもヌレエフは言いたいことをはっきり言う、さすがにそれは失礼じゃないかと思うような態度もとる、そんなシーンがいくつも登場する。それでもクララに「許すことにするわ」「(彼は)そういう人だから」と言わせてしまう魅力がヌレエフにはあるのだが、それを演じるのはもの凄く難しいはず。いくら才能があっても嫌いになってしまうかもしれない……ギリギリのラインにある人間力をオレグ・イヴェンコはみごとに演じているのだ。

(C)2019 BRITISH BROADCASTING CORPORATION AND MAGNOLIA MAE FILMS

監督としてバレエ教師として主演俳優を導く

イヴェンコの演技を引き出したのは、もちろんレイフ・ファインズ監督だ。今回は、ヌレエフを指導するバレエ教師プーシキンも演じているのだが、その背景にはエピソードがあった。過去の監督作では主演と出演を兼ねていた。本作では監督業に専念したかったそうだが、資金集めの過程で知名度のあるキャストが必要になり、国際的に有名なレイフ・ファインズ自身が出演することになったというわけだ。結果的には、監督として演技未経験のオレグ・イヴェンコを導いたように、物語のなかでもプーシキンとしてヌレエフを導いた。何とも美しい関係が築かれることになった。

(C)2019 BRITISH BROADCASTING CORPORATION AND MAGNOLIA MAE FILMS

また、バレエ界の異端児と言われるダンサー、セルゲイ・ポルーニンも(パリでヌレエフのルームメイトだったユーリ・ソロヴィヨフとして)出演している。この映画でバレエの世界に興味を持ったなら、セルゲイ・ポルーニンのドキュメンタリー『ダンサー、セルゲイ・ポルーニン 世界一優雅な野獣』もオススメしておく。

「ただ、踊りたい」──という情熱と意志を貫いたバレエダンサー、ルドルフ・ヌレエフの半生を知ることで、「私は何がしたいのだろう……」映画を見たその人自身の人生もザワザワさせてくれる。『ホワイト・クロウ 伝説のダンサー』は、そんな刺激的な映画だ。

文:新谷里映

【ホワイト・クロウ 伝説のダンサー】
5月10日(金)TOHOシネマズ シャンテ、シネクイント、新宿武蔵野館ほか全国ロードショー