20作目は『長いお別れ』。『湯を沸かすほどの熱い愛』で日本アカデミー賞を含む国内の映画賞計34部門を受賞した中野量太監督の最新作だ。認知症を患い、徐々に記憶を失っていく父との7年間の日々を描いた家族の物語。そこには優しさとユーモア、温かなザワつきがあった。
中野量太監督は、日本映画界で大きな期待を寄せられている監督のひとりだ。注目を浴びるきっかけとなったのは、次代を担うクリエイターを発掘する「SKIPシティ国際Dシネマ映画祭2012」に出品した自主長編映画『チチを撮りに』。監督賞とSKIPシティアワードをダブル受賞したことで劇場公開が決まり、何だか凄い新人監督が出てきたぞ!と日本映画界をザワつかせた。
2016年には商業長編映画デビュー作となる『湯を沸かすほどの熱い愛』で日本アカデミー賞6部門(作品賞・監督賞・脚本賞・主演女優賞・助演女優賞・新人俳優賞)を受賞。となると、次はどんな映画を撮るのか期待しかないわけで。もともとオリジナル脚本にこだわりを持っていたこともあり、この先もオリジナルで勝負するのかと思っていたのだけれど、商業長編映画2本目となる『長いお別れ』は、「小さいおうち」で第143回直木賞を受賞した中島京子の同名小説の映画化。そこには、理由があった。
「映画というのは「今、撮らなければならない」或いは「今、必要だ」という点に価値があると思っていて、まさに『長いお別れ』はそういう作品だと感じました。「苦しい現実の中でも人間って愛おしいよ」ということが(原作に)魅力的に書かれてあるのですが、僕自身も同じことを描いてきた。そこも合致していたんです」──というのが、原作ものに挑戦した理由だと監督は語っている。
中野監督はこれまで家族をテーマに映画を撮り続けてきた。監督のなかに家族という土台があって、そこで家族の愛情の話を描いているそうだが、原作小説「長いお別れ」には共通するあるものがあったと言う。それは「残された人間がどう生きるのか?」ということだ。
というのは、認知症を題材にした多くの映画は、本人とその家族やパートナーが認知症とどう向きあっていくのかを描いている。たとえば、洋画では『私の頭の中の消しゴム』のようなラブストーリー、『アリスのままで』のようなリアルなもの、日本映画では『折り梅』『明日の記憶』『ペコロスの母に会いに行く』など、最近ではドキュメンタリー『ぼけますから、よろしくお願いします。』も話題になった。
『長いお別れ』の場合は、元中学校校長で厳格な父親だった昇平(山﨑努)が認知症を患い、ゆっくりと記憶を失っていく7年間を描いていくのだが、昇平本人の物語以上に、残される人間──次女の芙美(蒼井優)、長女の麻里(竹内結子)、麻里の息子・崇(杉田雷麟/蒲田優惟人)、妻の曜子(松原智恵子)、彼らが、昇平が記憶を失っていくことをどう受け止め、どう向きあい、そして自分自身はどう生きていくのか、残される側1人1人の人生も丁寧に描いている、それがこの映画の特徴でもある。
厚生労働省の資料によると、近い将来65歳以上の1/5が認知症を発症すると言われている。自分の家族が、自分自身が、その立場になったときどうしたらいいのか──。こればかりは、その時が来てみないと分からないが、『長いお別れ』のような映画を観ることが心の準備にもなる、ヒントにもなる。
この物語が教えてくれるのは、ユーモアを忘れないことだ。大切な人がどんどん記憶を失っていく……悲しくて、大変なことも考えることもたくさんあって、笑顔になんてなれないんじゃないかと思うだろう。でも、そういう時にこそユーモア、笑いが必要なのだと気づかせてくれる。
そのユーモアとは、決して無理に笑わせようとかそういうものではなく、優しさの先にあるユーモアだ。心打たれたのは、登場人物のみんながみんな優しいのだ。すごく優しい。自分自身に苛立つことがあっても、昇平に向かって怒る描写がほとんどない、そこに優しさを感じた。将来自分にその時が来たとしたら、そんなふうになれるだろうか、なりたい……ほんの少しだけれど、準備の準備のようなものが心に植えられたような気がした。
中野量太監督の新作ということで興味を持った『長いお別れ』は、大切な人との別れの話ではあるけれど、ユーモアがあって、優しくて、家族との時間を大切にしたいと思える、温かなザワつきがずっと続く映画だ。
文:新谷里映
【長いお別れ】
5月31日(金)全国ロードショー
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公式WEB: | http://nagaiowakare.asmik-ace.co.jp/ |
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