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HOME SPECIAL 今夜、ザワつく映画たち 親子の関係、そして人生そのものを変える音楽の力にザワつく
親子の関係、そして人生そのものを変える音楽の力にザワつく

VOL.21 親子の関係、そして人生そのものを変える音楽の力にザワつく

21作目は『ハーツ・ビート・ラウド たびだちのうた』。小粒な映画ながらも、気づけば音楽に合わせて身体がリズムを刻んでいる──そんなふうに音楽と音楽を通じて描かれる人間ドラマが自然と心に沁みわたる爽やかで温かい映画だ。

父と娘をつなぐ音楽、彼らの気持ちを伝える音楽

元バンドマンで今はレコード店を営む父フランク(ニック・オファーマン)。将来のために医学部を目指すサム(カーシー・クレモンズ)。この映画は、NYブルックリンの海辺の小さな街、レッドフックで暮らす父と娘の新しい一歩を描いた物語だ。

この親子がどんなふうに生きてきたのか、仲が良いのか悪いのか、関係性をよく表しているシーンがある。真面目に一生懸命に勉強する娘を、ちょっと息抜きがてらセッションをしようと父親が誘う。この親子は音楽を通じてコミュニケーションを取ってきたのだということ、父親の方がかまってちゃん的キャラクターであることが一瞬にして伝わってくる微笑ましいシーンだ。

© 2018 Hearts Beat Loud LLC

そう、この映画の特徴のひとつは説明過多ではないこと。なぜ父親はバンドを辞めたのか、なぜ娘は医学を目指すのか、その答えは2人の日常にさりげなく散りばめられている。シンプルな描き方がいい。

もちろんその表現方法には理由があって──フランクとサムの親子をつなぐのは音楽で、その音楽によって彼らの心情を表現するためだ。映画のなかで、彼らは、彼らの人生で体験したことから曲を作り、詩を書き、パフォーマンスをする。そこから私たちはメッセージを受け取る。

© 2018 Hearts Beat Loud LLC

変化をどう受け取るのか、父と娘それぞれの決断

「何事も変わっていく、それが人生だ」。これは劇中のフランクが発する言葉であり、この物語のテーマでもある。フランクとサムにとっての変化とは──。

フランクの心が揺れ動いている理由はいくつかある。レコード店が赤字続きなこと、娘のサムが大学進学を控えていること、ミュージシャンとしての夢をいまだ諦めきれていないこと。できることなら娘と一緒にバンドをやってみたい……そんなふうに揺れている。冒頭、フランクが店のカウンターで見ている映像が、親子バンドTweedy(トゥイーディー)の曲「Summer Noon」であることからも彼の本心が垣間見える。

というのも、サムには音楽的才能があって、医者になりたいという娘を応援したいと思いつつも、本音はその才能を活かして音楽の道に進んでほしい──とはハッキリ言わないが、そう願っているのは十分に伝わってくる。

© 2018 Hearts Beat Loud LLC

一方、娘のサム。おそらく生まれたときから父の影響で、自分自身が意識していなくても音楽にどっぷりの生活だったことは容易に察しがつく。本当は音楽の道に進みたいのではないか……彼女の心の揺れも描かれる。たとえば、部屋で映像を見ているシーンのPC画面に流れているのは、日系女性シンガー・ソングライターMitski(ミツキ)の曲「Your Best American Girl」で、憧れているように映る。また、自分の作った曲をガールフレンドのローズ(サッシャ・レイン)に聴いてもらうことに喜びを感じたり。だから医学の道に進んでいいのかという葛藤も生まれる。そんなサムの心のザワつきが曲となっていく。

2人の人生、それぞれの人生が変わろうとするなかで生まれる葛藤……それが音楽という形で奏でられる。とてもドラマチックだ。

カーシー・クレモンズの歌声にザワつく

クライマックスに用意されている父と娘のライブシーンの曲は、どれも心がふるえる、ザワつく。サム役のカーシー・クレモンズの歌声は透明感があって、力強いのに柔らかくて、そして艶っぽい。たまらなく素晴らしいのだ。

© 2018 Hearts Beat Loud LLC

どこで演奏するかが問題なのではなく、何のために演奏するのかが大事であることを語っているシーンでもあり、音楽映画のなかでも高い評価を得ているジョン・カーニー監督の作品を彷彿させる。実はこの映画を観たいと思ったきっかけは、『ONCE ダブリンの街角』『はじまりのうた』『シング・ストリート 未来へのうた』に通じるものを感じたからだ。

特に『はじまりのうた』は、落ちぶれ音楽プロデューサー(マーク・ラファロ)が、愛を失った女性ソングライター(キーラ・ナイトレイ)と出会い、新しい路を見いだしていく物語。本作『ハーツ・ビート・ラウド たびだちのうた』は似ているけれど同じではなくて……元バンドマンの父親とその娘の大学進学によって家族が離ればなれになる、そういうタイミングでそれぞれの人生を考え直す物語だ。音楽を通して。

人生は変化して“続いていく”ことを表現するにあたり、レコードと自転車がキーアイテムとなっている。どちらも回転し続けることで、音楽が奏でられ、車輪は前に進んでいく。説明が必要なのは、なぜ自転車なのかだろう。映画のなかで自転車のシーンは2つ登場する。1つはフランクと真っ白な自転車のシーン。もう1つはサムがローズから自転車の乗り方を習うシーンだ。それぞれの背景には共通する存在があって、その存在に向けた愛にも胸を打たれる。自転車のシーンも注目して見てほしい。

© 2018 Hearts Beat Loud LLC

この映画で流れる曲は、音楽ストリーミング・サービス“Spotify”でいつでも聴くことができる(劇中でもフランクが自分たちの曲をSpotifyに配信する)。映画を観てフランクとサムが作った曲に感動し、その曲を聴くことで、この物語から受け取った爽やかで温かな感情がよみがえる──なんて素敵なループなのだろう。忘れられない音楽映画がまたひとつ増えた。

文・新谷里映

【ハーツ・ビート・ラウド たびだちのうた】
ヒューマントラストシネマ渋谷、新宿シネマカリテ他にてロードショー