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2019.8.28

ずっと変わらない。吉祥寺の洞窟喫茶「くぐつ草」で過ごす穏やかな自分時間

COFFEE HALL くぐつ草(コーヒーホール)

めまぐるしい変化を続ける日々の中で、時が止まったように、常に穏やかなひとときを過ごせる店がある。地上の賑わいから遮断された洞窟喫茶「COFFEE HALL くぐつ草」は、大切な自分の時間を過ごすのに格好のカフェだ。

平日・休日問わず、多くの人が行き交う吉祥寺の街。大小さまざまな店が立ち並び賑わいを見せる駅前の商店街の脇道に、隣の店の壁に隠れるようにして地下へと続く細い道がある。この街で40年間愛される喫茶店「COFFEE HALL くぐつ草(コーヒーホール クグツソウ)」への入り口だ。

地下道への入り口をのぞいただけでは、店の中の様子はうかがい知れない。一歩踏み出し、やや急勾配の階段を一段ずつ下っていくと、徐々に暗さが増し、外の賑やかな音が遠ざかっていく。

たどり着いた先に広がるのは、奥深くまでのびた洞窟状の地下空間。“穴”全体にはぼんやりとオレンジ色の明かりが灯り、両側の壁に沿うように古い木の調度品が並んでいる。

「江戸糸あやつり人形劇団 結城座」の劇団員たちにより、昭和54年に作られたくぐつ草。かつて近くには彼らの稽古場があり、稽古終わりに食事や喫茶を楽しんだり、公演のない日に若い演者たちが働いたりしていたのだという。

てっきり「くぐつ草」という名前の植物があるのかと思いきや、「実はくぐつ草という植物は実在しないんです」と、チーフの菅井さん。“人形つかい”のことを「くぐつ師」と呼ぶことから、名付けられたそうだ。

地下という閉ざされた空間でありながら、窮屈さを一切感じさせないのは、大きく弧を描いた高い天井のおかげだろうか。重厚感のある土壁とあたたかい照明の中で、穏やかに流れるジャズ。その音色が洞窟型の地下室の中で静かにこだまする様子は、小さな音楽ホールのようにも思える。

「非日常的、異空間の演出」というコンセプトの通り、外の光や音から一切遮断されたこの店は、日常とはまるで別世界。ひとたび地下に潜ってしまえば、地上の街がどんなに人で賑わっていようが、大雨が降っていようが関係ない。くぐつ草は、常に淡々と落ち着いた時間を刻み続ける。

それは、時代が変わっても同じだ。40年の間にさまざまな変化を遂げてきた吉祥寺の街。しかし、世間から隔離されたくぐつ草に流れる時間は、それに左右されない。長年変わらない絶対的な心地よさを求めて、通い続ける客も多いという。

「学生時代によく来られてい、就職・結婚して今は頻繁には来られないものの、数年に一度、吉祥寺に来るたびに寄ってくださる方もいらっしゃいます」。

何年経ってもこの洞窟喫茶では、かつてと同じ時間を過ごせることをわかっているのだろう。

革に書かれた味わい深いメニューブック

「ご近所の常連のお客様は、落ち着いている時間帯を見計らって来て、ゆっくりと自分の時間を過ごされていきます」。顔を見るだけでオーダーがわかる馴染み客も多いという菅井さん。いかにも、老舗らしい。

中でも「くぐつ草カレー」は、昔も今も、根強いファンがいる名物メニュー。この店が長く愛される理由のひとつだ。

ミニサラダとドリンク付きの「くぐつ草カレーセット」 は終日オーダー可。

大量の玉ねぎをペースト状になるまで半日かけてじっくり炒めるのが「くぐつ草カレー」の美味しさの秘密。レシピも、ごはんの上にあしらわれたトレードマークのレーズンも、約40年間変わらない。

「この空間もカレーも、うちはずっと変わりませんが、お客様の様子や食べ方ひとつで、時代の変化を感じます。昔は、ルーを全てごはんにかけて食べる方が多かったのですが、最近の学生さんや若い年代のお客様は、ごはんをカレーに浸すようにして召し上がります。おもしろいですよね」。

玉ねぎの甘みとコクの間からやって来る、スパイスの辛味。時折、ホールのコリアンダーがカリッと弾け、爽やかな風味を醸し出す。ほろほろになるまで煮込まれた豚肉も、手間がかかっているのがよくわかる。

ここなら、窓越しに誰かに見られる心配もない。豪快にルーをごはんにかけるもよし、ごはんを少しずつカレーに浸すもよし。好きな食べ方で楽しみたい。

セットのドリンクは、コーヒー(ストロングまたはソフト)・アイスコーヒー・紅茶から選べる

カレーセットのドリンクを含め、コーヒーは全てコクテル堂の豆を使用し、ネルドリップで淹れる。実はくぐつ草、時計を見ない限り時間の流れがわからないだけでなく、携帯電話の電波も入らない。そんなせっかくの、非日常。たまには時間を気にすることなく、読書に耽ったり、ジャズに耳を傾けたりしながら、ゆっくりと食後のコーヒーを味わってはいかがだろう。

くぐつ草には、常に穏やかな時間と美味しいカレーが確保されている。たっぷりと時間のある時に、思う存分、地下の洞窟にこもりに来てほしい。誰にも邪魔されない、自分のためのひとときが過ごせるはずだ。

取材・文 : RIN