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2019.9.9

築90年の古民家カフェ。都心で体感する、古きよき生活と緑豊かな休息時間

松庵文庫

築90年になる古民家カフェ「松庵文庫」には、かつての丁寧な暮らしぶりを思わせる、ゆるやかな時間が流れている。自然豊かな郊外の屋敷にいるようなくつろぎを求めて、“都心の住宅街”に出かけよう。

繁華街・吉祥寺の隣街でありながら、ごく日常の生活が息づく西荻窪。駅から7分ほど歩いたところにある住宅街の中に、ブックカフェに姿を変え、時を重ね続ける築90年の古民家がある。「松庵文庫(しょうあんぶんこ)」だ。

戸を開けた玄関先には、スリッパが用意されている。靴を脱いで“家にあがる”と、そこは長い年月を経て、深く色づいた木で囲まれた居間。窓の向こう側には大きな中庭が広がり、樹齢100年を越えるツツジの木が立っている。家の奥に、緑であふれた開放的な庭があるとは思いもよらず、まるで都心を離れ郊外にまで出かけてきたような感覚を覚える。

「この窓際に座ってときどきボーッと庭を眺めながら、コーヒーを片手に本を読んだら気持ちいいだろうなあ」。自身のそんな率直な印象が、ここをブックカフェにした理由だと教えてくれた、オーナーの岡崎さん。「ゆっくりと流れる心地いい時間を、たくさんの人に過ごしてもらえたらなと思ったんです」。

長く音楽家の夫妻が住んでいたこの家を、岡崎さんが譲り受けることになったのは、何気ない会話がきっかけだった。「家を手放すと決めた奥様に『なくなっちゃったらもったいないですね』と声をかけたら、『ぜひ残してくれない?』と言われて。いろいろなご縁に助けられながら始めたカフェですが、7月で6周年を迎えました」。

かつての暮らしの足跡として、できるだけ元の状態を活かしたかったと話す岡崎さん。部屋を見渡すと、間仕切りの跡と思われる柱や、お風呂場の名残があるタイル張りの壁など、随所に生活感が残っている。

単に、古い家という“ハコ”を利用した古民家カフェではなく、この家で営まれてきたであろう、のんびりと丁寧な暮らしぶりを残した空間。その生活感があるからこそ、古民家に住んだ経験のない今の時代の人々にも、懐かしさやくつろぎを与えてくれるのだろう。ほぼ元のままだという家庭的なキッチンの奥から漏れてくる、トントンと包丁で何かを刻む音がとても耳馴染みよく、心地よい安心感に包まれる。

都心の住宅街で、こんなにのどかな時間を過ごせるなんて。そんな喜びの声によって、松庵文庫は6年という長い年月の間、支持され続けてきた。岡崎さんが思い描いたように、本を読みながらくつろいでいく人も多いという。ブックカフェとして並べる本の多くは、荻窪の「本屋 Title(タイトル)」がセレクトした、食・旅・暮らしに関するもの。自由に手に取り、好きな席で心ゆくまで読書に浸る時間は、有意義に違いない。

自宅では味わえない安らぎを求めて松庵文庫にやって来る客はさまざまだ。

「平日はほとんどご近所の方ですね。ランチタイムには、お子様をもつお母様方が食事と束の間の休息に来られます」。昼時を過ぎると、静かにひとりの時間を過ごしたい人やお茶をしに来る年配の客、休日になれば遠方から訪れる若者の姿も見られるという。

ランチ、ひとり時間、特別な休日。松庵文庫では、それぞれがそれぞれの生活スタイルや目的にあわせて、ここに流れるゆるやかな時間を楽しむことができる。

「夜のお米御膳」(税別 1280円)。この日のメインは「塩豚の香味ソース」。

カフェの人気メニュー「お米農家やまざきのお米御膳」も、松庵文庫を訪れる人たちの目的の一つだ。無農薬栽培のコシヒカリと、日本在来種をメインに季節の野菜をたっぷりと使ったおかずが味わえる定食。素材を生かしたやさしい味わいからも、この家らしい丁寧な暮らしぶりが感じられる。これまでランチのみの提供だったが、4月からは夜にも食べられるようになった。「夜のお米御膳」という新たな楽しみ方ができたことで、この空間に魅了される人はますます増えそうだ。

「夜のお米御膳」は確実に食べたいなら事前に確認を。取り置きがおすすめ(ランチは不可)

御膳に使われる、檜の枡重や煤竹(すすだけ)の極細箸などの雑貨、お米農家やまざきの米は、隣接するショップスペースで購入することもできる。気に入ったものを自宅に持ち帰って使えば、少し、この家のような丁寧な暮らしに近づけるだろう。

のんびりと本を読んだり、美味しい食事を楽しんだり。ひとつの家をシェアしながら、それぞれの生活と目的に合わせて、心休まる時間が過ごせる松庵文庫。時おり中庭のツツジの木を眺めるのもいい。心ゆくまで堪能して帰りたい。

取材・文 : RIN