観客が席に座り舞台を鑑賞するという従来の演劇の構造を変えた、観客参加型のイマーシブ・シアター。日本においてそのシーンを牽引しているのがSCRAPの執行役員であり、演出・脚本家のきださおりさんだ。時代にあわせたアプローチで体験型イベントを生みだし続ける彼女に、イマーシブシアターのいまとこれからを訊いた。
謎解きを通じて物語を体験する「リアル脱出ゲーム」をはじめ、さまざまな体験型イベントが集う新宿にあるテーマーパーク「東京ミステリーサーカス」。そんな同施設を創立時より総支配人として支えてきた、きださんが、今年の3月をもって総支配人を退任した。次のステージに移る転換期だったちょうどこの時期に、新型コロナウィルスが拡大し、これまでのようにリアルなイベントができない状態になってしまった。
「新宿の『東京ミステリーサーカス』に関しては、最初手探りでやっていた状態から3年が経ち、施設運営も経営の状態も安定してきていました。私は、0を1に切り開くのが得意なので、ここからは1を100に広げることができるチームに任せた方がいいと思い次の世代と交代しました。これもたまたまですが、イベントやアプリ、書籍など、場所や形式に捉われないで新しいコンテンツを企画したいと考え、いくつかの新しいプロジェクトを立ち上げていくタイミングでもありました」
退任後急速に、場所を問わないイベントが求められるようになった、きださん。コロナ禍で生まれた、オンラインを使ったイベント「SECRET CASINO」はどのような思いから生まれたものなのか。
「それこそ今回、『東京ミステリーサーカス』がオープンしてから初めて、営業をストップしたんです。その時、チケットを返金されたお客様に少しでも楽しんでもらいたいという思いで会場から生配信をしたのですが、いつも以上にお客様に見ていただくことができ、会場に行けなくてもいろんな手段でコンテンツを体験してもらう方法があることを実感しました。コロナ禍だからオンラインに移行したというよりは、今まで地面がある場所で作ってきたイベントの土壌が広がったという感覚ですね」
きださんがそういうように、オンラインイベント「SECRET CASINO」のほかに、6月から毎月家に新作の謎が届く謎の定期便(サブスクリプション)サービス、「Mystery for You」も開始。場所を問わない自宅のポストに届く形式を採用したことで、結果的に、普段SCRAPの常設店に遊びに行きづらい方地方在住の方などにも、興味を持ってもらうことに成功したという。
ライブや演劇、ヨガなどのフィットネスをはじめここ数ヶ月で急増しているオンラインイベントだが、配信される動画を受け身で見たり、参加者同士で会話をしたりして楽しむものが多かった。しかし、きださんが企画するイマーシブシアターの魅力は、参加者自身が物語に入り込み、参加できるところにある。例えば、Zoomのチャット機能を使ったり、オンラインの画角や検索エンジンを駆使したりとリアルタイムで行うインタラクティブな演出により、デジタルの垣根を超え世界観に没入することができる。
「リアルな舞台での水が落ちてくるとかライトの色を変えるなどの演出と同じで、オンラインでも、WEBでしか出来ない体験ができる要素を仕込んでみたり、新しい技術を試行錯誤してイベントを作っています。自分がプログラムを書ける訳ではないので、技術者の皆様が持っている知識や技術を参考に面白いアイデアを出し、オンラインでも新しい没入の演出方法をどんどん考えていきたいです」
きださんは、これまで「SCRAP」のイベント内でも公表しているように、”体験ジャンキー“ともいわれている。そんな彼女が、これまでに影響を受けた海外のイマーシブシアターで絶賛していたのがイギリス・ロンドンでのシーンだという。
「ロンドンではそもそも10年以上前から没入型のコンテンツが生まれていて、ちゃんとしたビジネスになっているんですよね。Netflixなどと組んだ大きなイマーシブシアターがありつつも、独自の小劇場でのインディペンデントなイベントが生まれていて、すごく自由なんです」
「場所を問わないイベント」ときださんがこだわっていたように、ロンドンのイマーシブシアターの会場は、レストランや列車の中などさまざまだという。海外に比べると、なかなかそのようなエンターテイメントが浸透しにくい日本だが、ようやく今年、イマーシブシアターに兆しが見えたという。
「一昨年前くらいからムーブメントは感じていましたが、やっぱり作るのが難しいものでもあるんですよね。場所と役者さんと製作者と予算、いろんな条件が揃わないといけないので、なかなか広がりにくいのですが、近年面白いイベントが増えてきています。こんな状況でも場所を移したりすることで、落ち着いた頃に一気に広がりを見せると信じています」
最後に、きださんにイマーシブシアターの未来についてどう考えているかを聞くと「今の状況を活かせる」という明るい応えが返ってきた。
「体験型イベントは、世の中の状況や、気候や、場所を活かした作り方が出来るのも面白いポイントだと思います。例えば冬なら「寒い」という状況だからこそ楽しいことを考えたり、場所や接待に適した衣装をドレスコードを採用したり。自分が生きている世界の状況を活用していけたらと思います。今なら、かっこいいフェイスシールドを活かした演出もありだと思いますし(笑)。オフィスでも、喫茶店でも、広場でも、宿泊施設でも、どこでも舞台にすることができると考えています。」
さらに、ロンドンのイマーシブシアターのカルチャーと同様に今後はもっと大規模なイベントを作っていきたいと意気込む。
「今だと少ない人数で体験するイベントが多いですが、それこそ夏フェスみたいな感じで大勢で楽しめるものも、コツコツ作っていきたいと思います。やはり、体験人数の壁を突破できないと日本で没入型のイベントが根付くことはないと思うので。個人的には1人でも多くの方に没入型イベントの魅力を体験して欲しいので、尖りは忘れずに、間口を広げたイベントを企画し続けたいです」
そんなきださんが手掛けたInside Theater Vol.1「SECRET CASINO」の再演が、現在スタートしている。同じ作品を見ても、一人ひとり体験が違うという事実が体験者同士の会話に繋がる。そして、他人に語ることでより体験が深くなっていく。消費されるだけの作品とは違い、強い衝動を引き起こすエキサイティングな世界をこの機会に体験してみては。
撮影:服部希代野