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占いは、私たちの心を救えるか?

30歳を超えると人生や人間関係の悩みの質も変わってきて、重く多様になったりする。そんな時に占いによって「心のととのい」が得られるのかもしれない。そんな占いに新しい視点を与える特集を組んだ理由とは。

どうして人は「占われたい」と思うのだろう?

もちろん、みんながみんな、そういう気持ちにはならないし、むしろ非科学的で根拠のない断定をする占いに猜疑心どころか嫌悪感を抱く人もいる。そんな人でも、年の初めにはおみくじに興じたり、時の運を信じたり、落ち込んだときに「いいこともあれば、悪いこともあるさ」と言い聞かせたりする。それもみんな占い、もしくは占い的発想。

占いは古代からある文化だ。というより占いは当時の科学だった。西洋占星術がその典型で、星の位置や動きと現実社会を結びつける思想。それによって政治や生活習慣が定められていたりした。そして科学が支配する現在でもその「世界観」は、残り続けている。非科学的であるはずの占いが現代になっても親しまれ、活用され、愛されているのには何か重要な理由があるのではないか。

占いとカウンセリング

コロナ禍の今、先行きの読めない不安や、フィジカルなコミュニケーションが絶たれ、狭いワンルームで孤独感を抱いている人は多い。そんななかで、心療内科などの医療機関での診察や公認心理師によるカウンセリングの件数も増えているという。そして同時に「電話占い」の件数も激増しているとか。

カウンセリングは心のケアやセラピーの本流だ。そのカウンセリングによって得られる心の効果と占いには共通点はあるのだろうか? そんな疑問も湧いてきた。欧米のように定着しないカウンセリング文化。一方で急増する電話占いや占いをつかった人生相談やセラピー。それも謎だ。

「答え」が欲しくなる心理

ところで私の友人は、とある宗教の熱心な信者だ。大人になってから入信した。そんな彼または彼女に無邪気に理由を尋ねたら「ここには“答え”があるから」とサラッと言ってのけた。価値観が多様化し、変化の激しい社会。不安定でコントロールしにくい人間関係などなど、確かに今の世の中には「答え」がない。生きていくうえで、考えること、悩むことを諦め、誰かの答えに寄り添いたくなる気持ちは分からないでもない。

占いも「答え」を提示してくれるものの一種かも知れない。誕生日だけで自分の性格や、人生の流れが決まるわけがない。というか決まっていて欲しくはない。ただ、恋愛や悩みごと、コンプレックスがあるときに、今の状態や、ちょっと先の未来についての正解が欲しくなる。そして占い師という利害関係のない第三者からの「答え」をもらうことで、安心や未来への希望を得たいという切実な想いがあるのかも。そう、欲しいのは「答え」ではなく心の安寧なのだ。

確かに、占いをまったく信用していない人の目線と、占いを好み、活用している人の目線は、ちょっと違うように思える。「非科学的なものを“信じる”なんて理解できない」「“当たる”と思っているのはただの偶然だ」という批判に対し、占い好きは「そういうことじゃないんです」と答えるだろう。本気で信じているわけないじゃないか。偶然か必然か、それを決めるのは科学じゃなくて私の心の問題だ。そう反論するに違いない。そう、つまりは平行線。ただ一言、占い派は非占い派に渾身の一撃を浴びせることができる。「そう、占いは非科学的なものです。でも、あなたの“信じている”科学で人の心は救えるのですか?」

そうであるならば一度視点を変えて、「当たる、当たらない」を超えた占いの魅力について考えてみよう。「占いと心のつながり」占いの結果ではなく、占いをする、されるという行為の心理的効果について考えてみたいと思う。

この特集では、占いと心の深いつながりを探求していく。30歳を越えて悩みの質も変わり、種類も増えていくなか、新しい解釈の占いが「こころのととのい」に役立つかも知れない。そんな期待を込めて。