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ホテルは物語の入り口。「泊まれる演劇」が生み出す1泊2日の体感ドラマ

VOL.1 ホテルは物語の入り口。「泊まれる演劇」が生み出す1泊2日の体感ドラマ

日本におけるイマーシブシアターの代表格といえば「泊まれる演劇」。関西を中心に定期的に公演を行い、このジャンルを牽引する存在だ。劇団ではなく宿泊業を営んでいる彼らがこの演劇の興行に賭ける想いを訊くとともに、今週末より始まった新作公演「藍色飯店」に見る新しい観劇体験の形をレポートする。

演劇とホテルの融合は、エンタメでありながら新しい“宿泊プラン”

ホテルを舞台にしたイマーシブシアター公演を行なっている「泊まれる演劇」。彼らのチームは関西を中心にホテル業を営む「株式会社L&Gグローバルビジネス」内のプロジェクト。劇団ではなく、舞台のプロデュース経験もない、いわば「演劇」とはもともとそんなに縁はない“素人”だった。
現在「泊まれる演劇」で企画・プロデュースとクリエイティブディレクターを務める花岡直弥さんは、演劇と融合した宿泊プランを考案した発案者だ。

「広告業界から転身したのですが、転職してすぐは、『HOTEL SHE, KYOTO』のフロント業務についていました。そこでたくさんのお客様と触れ合うなかでふと『ホテルはお客様一人ひとりの旅の物語の入り口なんだな』と思ったんですよね」
もっとホテルでの体験を魅力的なものにしたい、“寝る場所”という機能を超えた宿泊体験をつくりたい、との想いと模索のなかでふと思い及んだのが、既にロンドンやニューヨークで人気を博していたイマーシブシアターだったのだという。
「すぐに当時、人気公演《スリープ・ノー・モア》が上演されていた上海まで観に行きました。一言でいうと、圧倒された。こんなものは今まで観てきたどのエンタメとも比較できない。なんだこれは、という衝撃に近いものでしたね」
演劇そのものに圧倒されながらも、自分たちが運営するホテルでイマーシブシアターを行うイメージも自然とついたのだという。
「ホテルも演劇も、日常から非日常へ切り替える場所。あとはシンプルに構造上ある程度広い場所があり、観客が移動しやすい導線が確保できることからイマーシブシアターとホテルの親和性は高いと思っています」

過去作:ANOTHER DOORより

確かに、旅は非日常体験の象徴だ。そしてホテルは日常から非日常へとスイッチする舞台そのものだろう。演劇も、フィクションへの没入という点で、非日常感が増すほど感情移入も想像力も高まる。とはいえ、旅と演劇は似て非なるもの。それを「ホテルで上演する演劇」というクリエイティブジャンプで、旅とも演劇鑑賞とも違う独特のエンタテイメントに仕立てるのは相当なチャレンジだ。しかも彼らは“素人”からのスタート。演出、美術、役者などさまざまな要素においてプロとタッグを組むことで実現させてきた。そして花岡さんは“素人”だからこそできる斬新な発想を取り入れている。プロとタッグを組みながらもすべての要素で細部に至る世界観を徹底することで、多くの観客を「また来たい」と思わせる感動を生み出している。

コロナ禍で余儀なくされたオンライン公演

奇しくも企画がスタートしてすぐに、世界的なパンデミックが始まった。ホテル業は窮地に追い込まれ、人を集める興行も不可能になってしまったのだ。動き出していた企画は、急遽オンラインでの配信公演に変更。思い描いていたものとは少し違ったものの、その斬新なフォーマットは人気を博した。

過去作:ANOTHER DOORより

「今振り返れば、ということですが、結果としてたくさんのお客様に知っていただけたのはやはりオンラインだったからだと思います。リアル公演だったら告知そのものも関西圏にしか届かなかったかもしれませんが、オンライン公演はお客様のいる場所を選ばない。それこそ海外の方にも楽しんでいただけたので、僕らの取り組みや作りたい世界観については多くの人に届けることができたと思います」

自宅に招待状が届いたり、スマホを使ったりするそのリアルと繋げるギミックは好評を博し、「泊まれる演劇」のファンを増やしたといえるだろう。
一方で、フィジカルな公演でなければやはり実現し得ないポイントも痛感したのだという。
「やっぱり圧倒的に違うのは、五感ですよね。観劇の環境によっては没入しづらい人もいたと思います。視覚や聴覚だけでなく、嗅覚などで世界観を堪能するのはイマーシブシアターのキモでもある。演者との距離、息づかいやタイミング、間なども体感してほしい。そこの伝わり方は、やはりリアル公演は格別です」

世界観への徹底的なこだわりが実現する深い没入体験

11月11日からスタートした「藍色飯店」は泊まれる演劇の最新作。観客は1泊2日という宿泊プランに参加し、大阪の「HOTEL SHE, OSAKA」でのホテルステイとそこで行われる演劇の両方を楽しむこととなる。設定は異国情緒溢れる架空のホテル「藍色飯店」。ちなみに中国語で「飯店」はホテル・レストランという2つを意味する。
通常はブティックホテルとして営業している「HOTEL SHE, OSAKA」を、公演中の1ヶ月半はまるまる「泊まれる演劇用」の舞台である「藍色飯店」へと変身させている。
観客が実際にここにチェックインするところから宿泊プラン……もとい演劇がスタートする。

本公演は何より美術へのこだわりが凄い。このこだわりこそが圧倒的な没入感を増幅させているといえる。館内に流れる音楽やBGM、匂い、光の入り具合、すべてに徹底的にこだわり抜いたのだという。その見た目はまさに台湾かどこかのホテルそのもので、本当に旅行をして台湾のホテルにやってきたかのような錯覚を覚えるくらい。ホテルに入ってすぐのロビーからそれは始まっており、台湾旅行のホテルでのチェックインシーンのようだ。

「テーマパークは、世界観づくりにこだわり抜いているからこそゲストが心おきなく世界観に入り込んで楽しめますよね。それと一緒で、より深く没入してもらうためにどうするか、に注力しました」

「泊まれる演劇」を最大限楽しむためのポイント

ネタバレになってしまうのであまり詳細には触れられないが、本公演を楽しむためのポイントを整理しよう。

①旅の恥はかき捨て。躊躇せずに積極的に参加しよう

「藍色飯店」は時の流れを忘れた摩訶不思議なホテル。観客は滞在時間中に一人ひとり、館内を回遊しながらさまざまなドラマと出会っていく。「あれ?さっき観たあのシーンはもしかして、このシーンのあれに当たるのかな?」など想いは巡らされ、知らず知らずのうちに世界観にどっぷり踏み込んでいることに気付く。
一般的にイマーシブシアターは「観客=参加者」となる。演者は、目の前の観客のリアクションによって流動的にセリフやリアクションを変えて語りかけてくるので、「鑑賞者」というよりは「参加者」であり、自分もその作品の一部になっているのが面白い。演者との絡みではなくても、まったく知らない人と会話する流れになったり、話しかけられたり、リアクションに迷って顔を見合わせたり……。ゆるやかにだがきちんと物語に参加していることに気付くだろう。
その場その場でつくられていくアドリブ性こそがイマーシブシアターの醍醐味。そんななかで物語の輪郭が見えた瞬間には、一種のカタルシスすら感じる。できれば積極的に物語の世界観を知ろうとしよう。

②スマホはフロントに預けて、用意されたコンテンツはすべて網羅しよう

藍色飯店内にはその世界が反映されたカフェもオープンしている。そこを使っても使わなくてもいいのだが、世界観を堪能し尽くすためには用意されたすべてのコンテンツを体験した方がいい。ルーロー飯やタピオカドリンクなど、台湾旅行へ行ったらお馴染みのあの味が用意されている。もちろんそのクオリティも徹底されている。
他にも自分が見落としているコンテンツはもうないか?館内をくまなく探検しながら藍色飯店の世界を楽しんでほしい。また「藍色飯店」では時を忘れてゆっくり過ごすために、スマホや時計をフロントに預けることになっている。設定も「時を忘れた」ホテルなのだが、観客も半ば強制的に時を忘れさせられる。文字通り、作品のなかで過ごしているので時の流れがわからなくなってしまうのだ。それこそがまさに世界観との融合でもある。

③“自分の旅”をする

特に「泊まれる演劇」だからこその楽しみは、さらに「観客=宿泊者」でもあること。リアルにも演劇の設定上でも「宿泊者」であるために、自分のリアルとフィクションが溶け合ってゆく。それがさらに物語への没入を増幅させているのだ。
演劇の最中でも、自分の部屋に戻って休憩するのも可能だ。自分のタイミングで演劇と自分時間を行ったり来たりしてほしい。それがかえってホテルステイそのものと演劇を近づけることになるだろう。あまり自室にいすぎると見逃すコンテンツもあるかもしれないが、本公演はミステリーではなくファンタジーなので、その時の流れそのものを楽しんだ方がいい。

あっという間に夜が深くなり、公演が終演すれば、残りの時間はホテルステイだ。だが、泊まるのは「藍色飯店」。どこまでが演劇で、どこまでがホテルステイなのか、その曖昧さやゆるやかな流れがまさに現代っぽいエンタメを象徴しているようだ。

取材協力
HOTEL SHE OSAKA
泊まれる演劇

泊まれる演劇『藍色飯店』
会期: 2021年11月11日(木)〜12月8日(水) ※11月18日,25日,12月2日は休演
チェックイン:19:30 ~ 20:00(VIP TWIN ROOMのみ19:15~20:00)
チェックアウト:翌朝12:00
場所: HOTEL SHE, OSAKA(大阪府大阪市港区市岡1-2-5)
公式サイト:http://aiirohanten.com/

脚本・演出:山崎彬(悪い芝居)
主催・企画:泊まれる演劇