世の中に数多くあるワークショップだが、それをより効果的なものにするのが「ワークショップデザイナー」という職業だ。クリエイターでもなく、自らが作品をつくるアーティストなわけでもない。そんなワークショップデザイナーが考える、ワークショップが今、面白い理由とは?
さまざまな思考の広がりや価値観を押し広げてくれるのに有効な“アートなワークショップ”。そもそも、ワークショップという形式自体にそういう効果があるのだろうか。
「ワークショップ」という手法を理論的に捉え、主催となる人たちに向けてより効果的なコミュニケーションの場を提供するワークショップデザイナー育成プログラムの事務局長と講師を務める中尾根美沙子さんに話を伺った。
さまざまな場所で日々開催されているワークショップ。内容としてはライフスタイルにまつわる小物やインテリアの制作が目立つが、実際にはその分野は教育現場から医療現場に至るまで、非常に幅広いそうだ。
ワークショップという言葉そのものは、「何かモノづくりを一緒にするイベント」ということだけでなく「参加者が対話や協働作業を通じて新たな気づきを得るための手法」という意味を持つ。
「私がワークショップデザイナー(以下WSD)育成プログラムに関わって13年が経ちますが、今は本当に幅広い現場でワークショップが求められていると感じますね。実際に講座に学びにこられる方々の職業も、ビジネス・医療・教育系など非常に多様です。
たとえば、医療業界では医者、看護師、臨床心理士の方など、同じケアに関わる人たちが集まり、業種を超えて学びあったり、対話しあうようなワークショップの場が求められています。
ビジネスの分野でも、一方的に売れば良かった時代から、本当に良いものを作るためには顧客の意見を取り入れることが必要な時代へと変化しましたよね。それを受けて、お客さんと一緒になって新しい商品を考えるようなワークショップが実践されています。教育現場はもちろんのこと、企業の人材育成の一環として演劇的手法を使ったコミュニケーションのワークショップを行うなど、ありとあらゆる場所でワークショップが必要とされています」
確かに、見知らぬ者同士が参加するイベント的なワークショップももちろんだが、企業の研修やセミナーなどでチームビルディングを目的とした、知っている者同士でのワークショップなどもよく耳にする。
なぜこれほどまでにワークショップが注目されているのか。その理由のひとつとして、多様な価値観が混在している時代背景が挙げられる。
「今は人それぞれに大切しているものや価値観があって、それが尊重されるような時代。そのなかでは、誰もが納得するようなひとつの『正解』を見つけることがとても難しいんです。
だからこそ、『結果』ではなく『プロセス』を共有することが重視されてきています。一緒に考える、というプロセスを踏むことで、『わかりあえない』なかでの『合意』を形成していく。『正解』よりも、納得感を持って『最適な解』を見出すことが大事になってきているからこそ、ワークショップを取り入れる場所が増えてきているのだと思います」
WSDは、コミュニケーションの場づくりの専門家として、ワークショップの場づくりを通して、人と人・人とこと・人ともの・広くはコミュニティとコミュニティをつなげる「つなぎ目機能」をはたす役割を目指しているのだそう。
「ワークショップデザインの基本は、思わず夢中になることで何らかの気づきを得てもらうこと。たとえば、難易度を調整してみたり、適度な制約を設けてみたりと、参加者のことを想像しながらデザインをしていきます。
次に、参加の保証と増幅もポイントです。心理的安全性を意識して誰もが参加しやすいような足場掛けをしたり、思わず夢中になっていくための仕掛けを「協働性・身体性・即興性」それぞれの観点から設計します。それらを踏まえ、ファシリテーションやプログラムを含めて、ワークショップ全体をトータルでデザインしていくのが私たちの仕事です」
「ワークショップに夢中になってもらうための仕掛け」というのは体系立てられているようにも感じるが、実のところ、「これをやれば絶対に夢中になる」と確約された手法はない。たとえば、ワークショップの導入部分だけに関しても、アイスブレイクをして参加者同士の関係性を作ったうえでとりあえずやる、お手本を見せる、事前に知識をインプットするなど、あらゆる方法があるが、どれも確実性があるものではない。WSDの仕事の真価は、目の前の参加者とじっくり向き合い、想像することにある。
「企業でよくやられている研修だと、どうしても同じフォーマットを全員に当てはめることになりますし、カードゲームのような汎用性の高いものを使うことが多いです。でも、全員がちゃんと参加できていなかったり、楽しめていないワークショップは良いワークショップとは言えない。そのために、いかに目の前の参加者さんのことを調べ、想像できるかが最適なワークショップを組み立てる鍵となっています。
ワークショップ自体を牽引する、というよりは、いかに参加者を主体として、思わず夢中になるようなプログラムを作れるかがWSDの役割ですね」
青山学院大学では、そんなWSDを体系的に学ぶために設けられたワークショップデザイナー育成プログラムを行なっており、中尾根さんをはじめ現役でワークショップデザイナーとして活躍されている方たちが講師を務めている。
「ワークショップをワークショップで学ぶ」をテーマとして、ワークショップのなかで理論を学びながら、自らも実践していくことでWSDとしてのカンどころや経験値を養っていくそうだ。
では本特集においての“アートなワークショップ”に話を戻すと、あえて自分ひとりではなく、見知らぬ人と一緒になるようなオープンな場であるワークショップに参加する理由は何なのだろうか。
「“アートなワークショップ”にもさまざまなものがありますが、もし制作方法を教わりたかったり、素敵な作品を完成させたりするのが目的だとしたら、ワークショップよりも『レッスン』の方がいい場合があります。ワークショップは、人との関わり合いを通じて価値を生み出すものなんです」
つまり、自分の好きなものをつくりあげること自体よりも、協働的な活動のなかで得られるものに大きな意味があるのだそう。
「たとえば、数人でペインティングアートをやるとしたら、『隣の人と作品を交換してタイトルを付けてください』という他己紹介を設計しておけば、『協働性』が生まれますよね。作品を作った人と、タイトルを付けた人とで協働の作品になる。
自分が作った作品を各々で発表する場合は、興味がないと流し聞きしてしまいがちですよね。でも他の人に発表されるとなると、『自分の作品は、他の人からどう紹介されるんだろう?』と評価が気になる……それによって、聞き手の参加が『増幅』するんですよ」
たしかに、同じ「絵を描く」という体験でも、他者によってタイトルが付けられるというプロセスを経るだけで、まったく異なった感覚を得られる。他者のフィルターを通じて、自分の知り得ない自分自身の奥底に眠る思いに気付けることもあるかもしれない。
「即興的なアプローチにより、偶発的な可能性が広がっていくのが、ワークショップの醍醐味です」
だからこそ、強く記憶に残ったり、「ワークショップ楽しかったからまた行きたい」という思いになったりするのだろう。ワークショップは単純に上手な絵を描いたり、技法を教えてもらったりする場所ではない。あくまでワークショップという形式を用いながら、人との関わりを通じて何かを得ていくものなのだ。
それは、たまたま同じワークショップに参加した見知らぬ者同士であったり、一緒に参加した友人同士であったりする。「隣の人の作品を見てもいい」「とにかくあなたが好きなように」など、制作へのハードルを下げていくのも大事なポイントなのだという。
異なるアイデアや考えを持つ人たちが同じテーマに取り組む中で、それぞれの価値観を尊重し「最適解」をさぐるワークショップ。自分なりのクリエイティビティをカタチにすることだけでなく、他者との関わりで新鮮な化学反応を発生させるその「プロセス」こそが、今の私たちにとってワークショップをさらに面白く感じさせてくれる所以なのだろう。
◆中尾根 美沙子
青山学院大学社会情報学部プロジェクト准教授/ワークショップデザイナー育成プログラム 事務局長・講師。NPO学習環境デザイン工房のスタッフとして、学校やミュージアムにてワークショップの企画・運営を多数実施。ワークショップの研究に携わるほか、リアルコミュニケーションツールの開発にも関わり、グッドデザイン賞やキッズデザイン賞など多数受賞。著書には、「ワークショップと学び」2,3巻(共著)など。
取材・文:いしかわゆき