室町時代に確立されたいけばなは、今なおたくさんの人を惹きつける。始めるのが難しそうな印象を受けるものの、花をいけるとどのように思考・マインドに変化があるのだろうか。いけばなの魅力をさまざまな場所で広く伝える「Tumbler & FLOWERS」代表の渡来徹さんに話を聞いた。
ファッション誌のライター/編集経験を経て、2012年から花道家としてのキャリアをスタートした渡来さん。もともと趣味で竹のうつわを作っていた渡来さんは、「いけばなを学べば、花入をつくる役に立つかもしれない」と趣味の延長程度にいけばなを始めたそうだ。編集業のかたわらいけばな教室に通うようになり、いつしかその道のプロフェッショナルに。渡来さんをのめり込ませた、いけばなの魅力とは何なのだろうか。
「頭のなかに懸念事項があると、映画なんかを観ても物語の世界に入っていけないことってありますよね。でもいけばなをしている間は、目の前の花材に向き合って、かたちにしていくほかありません。自ずと意識は花に集中していつしか頭の中は“今”行っていることで満たされる。仕事の合間に、いい気分転換になっていました」
一方で、単なる気分転換にとどまらない発見もあったそうだ。
「編集作業においては、写真の扱いや誌面のデザインで余白の使い方や人の意識の向かい方を考えることがありました。そうしたときに、いけばなのお稽古で先生から教えていただいた“空間の捉え方”や“花材の配置の仕方”に通じる部分があるな、と。編集の仕事にいけばなの経験が役に立つこともありました」
限りある誌面のなかで、魅力あるモノゴトをいかにして読者に提案するか、伝えるのか。編集時代には自身でたくさんのモノを集め、バランスよく配置して撮影する、というシーンが多々あったそうだが、その感覚も、いけばなで培える部分があったという。
「“何を見せたいか”がはっきりしていると不要なものは自ずと浮き上がってきます。お稽古でも“どこを切ったらいいかわからない”という生徒がいますが、まず見つけるべきは自分が感じる対象の魅力。自分が美しいと思うものを選び、それを際立たせるために不要な部分を削ぎ落す──いけばなでいうと、鋏を入れる作業ですが、その判断基準を持ち取捨選択する、という意味では編集といけばなは似ていたと思います」
いけばなは一般的に「引き算の美学」といわれるが、その本質は「必要なものに焦点を当てる」こと。魅せるべき植物の姿が朧げながらも見えていれば、いたずらに鋏を入れなくとも、引き算する枝葉が自ずと見えてくる。逆に、その基準を持ち合わせていなければ、いくら技術や方法論を磨いたところでかたちにするのは難しい。
「いけばなを教えるにあたって、テクニックのようなものはいくらでも伝えることができます。でも、花の何に魅力を感じ、焦点をあてたいのかという“幹”になる感性や判断基準を持ち合わせていないと、こうしたテクニックはあまり意味をなしません。型やルールというものは、“この美しさを表現したい”という目標を達成するための手段のひとつでしかありません。そして型にはめたとき零れ落ちてしまう、“美しさ”は確かに存在している。そうした既存の枠組みにカテゴライズできない、あるいは表現できない美を感じる、判断する。そしてこれらをどれだけポジティブに掬いあげられるか、その判断に責任を持つか。0→1だけがクリエイティブなのではなくて、こうした存在を、感じた魅力のまま人前に明示することもまた、クリエイティブなのだと思います」
さて、渡来さんのワークショップを訪れる人は、不思議と特定の年齢が集まることが多いそうだ。それは、漠然と“変わりたい”という気持ちが湧いてくる、節目なのかもしれない。「そもそも習い事って、何か変化を求めて始める方が多いんです。花と向き合ううちに、自身が具体的にどうしたいのか、見出だせてくることもあるようですよ」
ワークショップをやっていると、特に女性同士のグループでは「これ、〇〇ちゃんぽいね!」という声が飛び交うのだそう。
「花を通じてにじみ出る人間性が、『ぽい』というポジティブな言葉に集約されるのは素敵ですよね。“花はいけると人になる”ともいわれますが、いける過程や出来上がった作品を共有することで、自分がどういう人間か客観視できるんです。いけばなは、自分を見つめ直すいいきっかけにもなると思っています」
「いけばなを習う」というと、師範について、型を覚えて……という厳しそうなイメージも先行しがちだが、それはひとつの側面に過ぎない。クリエイティブとは、与えられるものではなく自分のなかから湧き上がるもの。いけばなは、それを可視化する手助けをしてくれるはずだ。花を依り代に自分を見つめなおすって、なんだかとても素敵なことではないか。
まずはワークショップで、いけばなや植物をに向かいあってその第一歩を踏み出そう。
Tumbler & FLOWERS
http://tumblerandflowers.com
https://www.instagram.com/tumblerandflowers/
撮影:yoshimi
取材・文:徳永留依子(Harumari TOKYO編集部)
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