ここ数年、日本のクラフトビールシーンは海外に負けず盛り上がりをみせています。味やカルチャーの多様性をうたうクラフトビールは、自分が好きなビールが見つかりやすいのが大きな魅力。そこで、大のクラフトビール好きで知られるミュージシャンのスコット・マーフィーさんとお笑いコンビ「納言」の薄幸さんと一緒に生配信ライブ「クラフトビールの宴」を開催。クラフトビールの奥深さや魅力を発信したライブの模様をレポートします。
番組MCを務めたスコット・マーフィーさんは、大のクラフトビール好きとして知られている人物。好きが高じてクラフトビールの解説書『エンジョイ!クラフトビール 最高の一杯をもとめて』(KADOKAWA)を出版し、ビールソムリエの資格を持つほど、クラフトビールに情熱を注いでいます。
今回のライブは、ビールは好きだけどそこまで詳しくない人や、ビールが苦手だという人に向けて、マーフィーさんがクラフトビールの魅力をプレゼンするというもの。薄幸さんには視聴者の代表として、マーフィーさんのレクチャーを受けながら、自分の好きな味を探してもらいます。
番組の冒頭では、マーフィーさんがクラフトビールとは何なのかを紐解きます。その答えを聞いてびっくりする薄幸さん。マーフィーさんがいうには、クラフトビールに「ハッキリした定義はない」そうです。
とはいえ、これまで何年もクラフトビールを飲んできたマーフィーさんは、自分の経験の中で感じたクラフトビールの3つの特徴を教えてくれました。
それが、「DIY精神」「小中規模」「独自のこだわり」です。
まず、「DIY精神」とは、その言葉のとおり反骨精神のなかから生まれたカルチャーだということ。ビールに限らず、ファッションや音楽などの文化の根底にDIY精神があるように、もともとクラフトビールも“飲みたいビールがないなら自分で作る”という大手メーカーによって大量生産されるビールのアンチテーゼとして生まれたムーブメントだといわれています。ここまで種類が多いのも、そんなカルチャーがあってこそだといえるでしょう。
次の「小中規模」という言葉も、DIYカルチャーが根底ならば納得です。クラフトビールの「クラフト」は工芸品という意味で、手作りのビールには生産数にも限りがあるためより希少価値が高くなります。地域に根ざした独立系のブリュワリーが多いのもひとつの特徴です。
最後は「独自のこだわり」。大手メーカーは、“多くの人に飲んでもらえそう、人気が出そう”という視点でビールを作るのに対して、独立系のブリュワリーは、“こういうビール作りに挑戦してみたい、自分が飲みたい味を追求したい”という信念を持って作っていると考えています。材料や製法にとことんこだわると、その分値が張るものもありますが、クラフトビールマニアは、「高くてもいいものだったら買う」という人が多いとマーフィーさんは話します。
あらゆるブリュワリーのクラフトビールを飲んでいくなかでわかった印象を楽しげに語ってくれたマーフィーさん。説明を聞いた薄幸さんは、そもそもマーフィーさんがなぜここまでクラフトビールにハマったのか、質問を投げかけます。
「実は、ビールは全然好きじゃなかったんです。ロックバンド、ALLISTER時代にヨーロッパツアーでベルギーへ行ったときに、ライブ終わりにビアバーに連れて行ってもらいました。中に入るとたくさんのスタイルのビールやいろんなグラスの形があって驚きました。おすすめのビールを頼んでみたら、持ち手が木になっている変わった形のグラスが運ばれてきました。飲んでみるとすごくフルーティーで『これ、本当にビールなの?』って衝撃を受けました。あまりにもおいしくてその店のほとんどのビール飲み干しちゃったくらいです。帰国後にクラフトビールについて調べるうちに、いまに至ります」(マーフィさん)
クラフトビールとの思いがけない出会いが、マーフィーさんの人生をより豊かにしたようです。
続いて、マーフィーさんによるクイズコーナーへ。
「世界で一番強いビールのアルコール度数は?」という問題に対して、回答の選択肢に出てきた数字は50%以上からでした。「ビールって大体5%くらいですよね。9%とかでも度数が高いなと思うんですけど……」と薄幸さんは、思ったよりも度数が高いことに驚いている様子でした。
「正解は、67.5%です。スコットランドのブリュワリーが作った『スネークヴェノム(蛇の毒)』というビールなのですが、このアルコール度数だとほぼウイスキーですね(笑)」(マーフィーさん)
アルコール度数ひとつとっても、クラフトビールは自由度が高いことがわかります。麦芽とホップと水……、ビールの元となるベースは同じでも、使用する材料や熟成方法などによって全くの別物になるのも、クラフトビールのおもしろい点です。
続いて2問目は、「ビールの種類は何種類ある?」という問題。アメリカのクラフトブリュワリー団体「ブルワーズ・アソシエーション」によると、2022年時点では172種類ものビアスタイルがあるといわれています。
「ビールには大きく分けると『エール』と『ラガー』2つのスタイルがあります。日本の99%はラガーといわれています。このエールとラガーをさらに細かく分けることができるのですが、日本人が一番飲んでいるのが、ラガーのなかの『ピルスナー』というスタイルなんです」(マーフィーさん)
150種類以上もスタイルがあるのに、日本人のほとんどの人はたった1種類のビールしか飲んでいないことを知り、薄幸さんも「私なんか全然飲んでないんだろうな〜」とひと言。
日本は酒税法により家庭で1%以上のアルコール飲料を作ることができませんが、アメリカにはホームブルーイングショップがたくさんあり、自分好みのオリジナルのクラフトビールを作ることができるそうです。このような点からも、海外はクラフトビールが気軽に楽しめる環境が身近にあるのでしょう。
続いて、数多ある種類からマーフィーさんおすすめの4種類のビアスタイルについて解説していただきました。
今回厳選したビアスタイルは、「ペールエール」、「IPA(インディアペールエール)」、「セゾン」、「スタウト」の4種類です。とはいえ、言葉で味について解説されてもイメージしにくいかと思います。そこで、マーフィーさんはビアスタイルを音楽のジャンルに例えてポップに解説してくれました。
「まずは、ペールエールから。僕的には、ポップミュージックなイメージです。というのも、どんな人でも入りやすいから。クラフトビールを初めて飲むならペールエールがおすすめです。次に、IPAはロックミュージック。これは、ペールエールよりも、苦味を出すホップがたくさん入っているので苦くて衝撃があるという意味合いで。3つ目はセゾン。スパイシーさがあって、酸味がちょっと効いた感じのファンキーさがあるので、ファンクかなと思います。4つ目はスタウトという黒ビールの一種です。黒ビールには、ポーターという種類もあるのですが、それは飲みやすくてスムージーな感じがR&Bっぽいなと。スタウトは、ポーターよりエッジが効いていて、強さもあるのでラップにたとえました」(マーフィーさん)
視聴者からは、「音楽にたとえるの、おもしろい! マーフィーさんのお店を出してほしい」というコメントも。自分の好きな音楽ジャンルにあった種類を感覚で選ぶのは、新しい楽しみ方といえるでしょう。
番組の後半では、ライブで紹介する4種類だけでも“全く別物”というほど個性があるクラフトビールを、薄幸さんが試飲していきます。セレクトしたのはマーフィーさんおすすめの4本。これまでに100種類以上ものクラフトビールを飲んできたというマーフィーさんの目利きから、薄幸さんの好きな味は見つかるのでしょうか。
まずはペールエールからイギリスのブリュワリー「バーンミントル」の「ピントル」です。
マーフィーさんいわく、「アルコール度数が4.3%と低めなのに、強い味わいを引き出しているところがすごい!」とのこと。それに対して「おいしい! ちゃんと苦味もあって、飲みやすいです」と薄幸さんからも好評でした。
マーフィーさんがよくオンラインストアを利用しているという、栃木のクラフトビール専門店「BEER VOLTA(ビアボルタ)」代表の太田さんからもコメントをいただきました。
「このピントルは、去年から輸入し始めたイギリスのブリュワリーのものです。奇をてらうというより、バランスの取れた味わいを追求していて、ライトさがありつつしっかりしたシトラスのホップを感じられます」
ポップミュージックにたとえたこともあり、爽快な口当たりは初心者でも飲みやすい一杯でした。
続いて、IPAからオレンジのトロピカルなパッケージが目を引くアメリカ「ウェルドウェアクス」の「ジューシービッツ」です。こちらはドイツの名門グラスウェアブランド「シュピゲラウ」のグラスに入れてサーブ。
それを見た薄幸さんは「このグラス、よくわからない形をしていますよね、これ意味あるんですか?」とマーフィーさんに質問します。
「このグラスは、『シュピゲラウ』がIPAに一番合う形のグラスをと作ったものです。ワイングラスのような丸みがあることで香りが出やすく、下の部分は泡をキープしてくれるんです」(マーフィーさん)
IPAのなかでも今回紹介した「ヘイジーIPA」という濁りがある種類は、日本で一番流行しているビアスタイルです。「グレープフルーツみたいな苦みの柑橘の風味がします。パッケージはかわいいのに、全然甘ったるくないですね」と薄幸さんも大満足でした。
3つ目はセゾンから、デュポン醸造所のメイン銘柄である「セゾン デュポン」をピックアップ。新進気鋭なブリュワリーが手がける前半の2本とは対照的に、デュポン醸造所は、昔からの伝統的な製法を踏襲する生産者といわれています。
「匂いが違う! おいしいけど、複雑ないろんな味がします。20個くらい味がしませんか? スパイシーさ、みたいなものもありますね」(薄幸さん)
「さっき紹介した2つは新しいブリュワリーでチャレンジングなところだけど、セゾンデュポンは、ベルギーのブリュワリーのものです。200年前からのこのビールを作っているほどの歴史があるんです」(マーフィーさん)
フランス語で「季節」という意味のセゾンは、農家が夏に飲むために冬に作ったことが始まりだそうです。長期保存のためにスパイスを加える農家もいるなど、個性豊かな点が特徴です。炭酸が強めで泡が細かいこともあり、マーフィーさんは、まるでシャンパンのような感覚で飲めると話しています。
最後はスタウトから、アメリカ「ファウンダーズ」の「KBS」です。もともと黒ビールが好きだと話す薄幸さんは、「すごくコーヒーの香りがする、これはグイグイ飲めちゃう」とお好みの味だったようです。大量のチョコレートとコーヒーを使っているのですが、アルコール度数は12.5%と少し高め。グイグイ飲むにはちょっと危険です。
マーフィーさんがKBSについても詳しく解説してくれました。
「KBSはアメリカのミシガン州のファウンダースというブリュワリーが作っています。ビールを作った後に、バーボンウィスキーの樽にビールを入れて1年くらい熟成させるんです。そうすると、バーボンの味がビールに染み込んで、奥深い味わいを楽しむことができます」
ちなみにマーフィーさんは、バーボン樽やシェリー樽で熟成させる「バレルエイジド」が一番好きなスタイルだと話します。気になった方は試してみてくださいね。
4種類のスタイルを楽しんだあと、薄幸さんが選んだ一番好きな味は最後に飲んだスタウトの「KBS」でした。
気に入ったビールをおかわりしながら、「普段は粗塩をつまみに食べるんですけど、今は粒マスタードをたっぷりとつけたソーセージと一緒に食べたいですね。マーフィーさんはおつまみ食べますか?」とクラフトビールに合うおつまみを考える薄幸さん。
「実はアメリカではおつまみという文化がなくて、お酒だけを飲んで楽しみます。でも日本に来てからは、“郷に入っては郷に従う”ではないですが、おつまみを食べるようになりました」(マーフィーさん)
マーフィーさんは「いろいろなビールに出会えたら幸せになれるかも」と話します。創造的でバリエーション豊かなクラフトビール。人々はそのハッとする味わいから作り手の想いをくみとったり、異国情緒を感じたりして、そのカルチャーにどっぷりハマっていく。ジャケットから入るのもよし、気に入ったグラスから入るのもよし、案外身近なところにクラフトビールへの入口が潜んでいるかもしれません。