2回目の“ザワつく”映画は『夜明け』という日本映画。新鋭・広瀬奈々子監督のデビュー作だ。小林薫演じる初老の男性と、柳楽優弥の演じる謎の青年による疑似家族のストーリーにザワつくポイントが満載だ。
『夜明け』は、是枝裕和監督と西川美和監督が立ち上げた制作者集団「分福」が満を持して送り出す広瀬奈々子監督のデビュー作なのだが、新人監督といっても是枝監督と西川監督の愛弟子、もちろんオリジナルストーリー、もうこれだけで「観てみたい!」と心がザワついた。
そして観た後はもっとザワザワして、しばらく経ってこうして原稿を書いている今この瞬間も映画を観て感じたものが鮮明に体の奥に居すわっている。コイツは一生居続けるんじゃないか、というほど強烈な爪跡を残してくれた。何がそれほどザワつくのか──。
物語はすごくシンプルで、血の繋がりも何もない青年と初老の男性が出会い、疑似家族として生活していく話だ。
小林薫の演じる哲郎は、ある日いつも釣りをする川べりで倒れている青年を見つけ、家に連れて帰って看病する。柳楽優弥の演じるその青年は、名前を尋ねられて、本名を知られたくない理由があるのだろう「シンイチ」と名乗る。偶然にも哲郎にも同じ名前の息子がいて、それが2人の関係を縮めることになるのだ。
何者なのかわからないまま哲郎の家に住み始めるシンイチは不気味に映るだろう。彼が抱えている逃れたい過去もミステリアスだ。しかし物語が進むにつれて、シンイチを息子だと思いたい哲郎の依存が力を増していく。この2人の依存関係がとても興味深い。この人の息子になれば過去を消してくれるかもしれない、この青年が息子になってくれたら……。そこから人間の弱さが炙り出されていく。
誰だって弱さは持っている、だから彼らを見ているとハッとする。
人は所詮ひとりだという考え方もあれば、何かの巡り合わせで出会ったのも縁、血の繋がりだけが家族じゃないという考え方だってある。是枝監督の『万引き家族』もしかり、個人的に好きな映画でいえば『メイジーの瞳』などでも伝えていることだが、家族って何なんだ? 生きていくって、自立するってどういうことなんだ? 普遍的なテーマが『夜明け』では広瀬監督のフィルターを通して映し出される。
広瀬監督は「狂気に近い依存関係」を描いてみたかったと語っていて、監督自身の体験からこの映画は生まれたそうだ。資料によると、大学在学中に父親を亡くし、未来に対してうまくアクセスできず、就職活動もしていなくて、そんなときに東日本大震災が起き、社会とどう関わっていいのかわからずに悶々としていた──そのときの“感情”がこの映画のベースになっているのだと。シンイチと哲郎の依存関係が描かれるなかに自立というキーワードを感じるのは、そういった監督の抱いた感情がしっかりと流れているからだろう。
この映画の主演に柳楽優弥を選んでいることに広瀬監督の覚悟のようなものを感じた。それも「観たい」と思った理由のひとつだ。
というのも、柳楽は是枝監督作『誰も知らない』でデビューし、カンヌ国際映画祭において史上最年少および日本人として初めての最優秀主演男優賞を獲得。その柳楽を主演に迎えるって、広瀬監督は凄いなぁと。最初は「そんな大それたことはできない……」と悩んだそうだが「脚本が全く動いていない時に柳楽さんをイメージすることで事態が好転したこともあり……」と、覚悟を決めた。
柳楽優弥にとっては俳優としての一歩を、広瀬奈々子監督にとっては監督としての一歩を後押ししてくれた是枝監督を父親として捉えると、映画を造る側にもある種の家族の繋がりがみえてきて面白い。
実際、柳楽優弥の演技は素晴らしかった。予告映像で彼の涙ぐむドアップのシーンがあるが、あの海であの表情でたたずむ彼に一体何があったのか──この映画は観客に答えを委ねている部分もある。自分自身は何を感じるのか、“夜明け”というタイトルの意味をどう解釈するのか、映画館で確かめてほしい。
文:新谷里映
【夜明け】
1月18日(金)より
新宿ピカデリーほか全国ロードショー