初夏の日比谷公園の中心で、音楽と人とがボーダーレスにゆるやかにつながる。新緑が美しく輝く週末、都心で開催される「日比谷音楽祭」が初めて開催されたのは、2019年のこと。気づけばもう恒例行事になりつつある。
文:稲垣美緒(Harumari TOKYO)
2025年の音楽祭初日は残念ながら雨。日比谷公園に足を向けると、ベンチに腰を下ろしてリズムを刻む人、ワークショップを楽しむ子どもたち、ビールを片手にフリーライブを楽しむカップル。そして偶然、たまたま映画を観終えた帰りだという友人にも遭遇。友人も同じように「近くに来たからちょっと寄ってみた」と笑う。これが無料イベントの良いところだ。
前々からチケットを取って、会場まで遠征して、となると少し腰が重くなってきた世代でも、肩肘張らずに音楽と再会できる。そんな空気が、このフェスにはある。
「日比谷音楽祭」は音楽プロデューサー・ベーシストの亀田誠治さんが立ち上げた“フリーでボーダーレス”な無料音楽イベント。クラシックからポップス、民謡にヒップホップまで、ジャンルも世代も問わず、誰もがアクセスできる音楽体験を掲げている。
日比谷公園大音楽堂(通称 野音)でおこなわれる「Hibiya Dream Session」は事前抽選制のチケットが必要。しかしそれ以外にも公園内の至るところでライブが開催され、道行く人が足を止め、耳を傾ける。
亀田誠治と関わりの深いアーティストから、知らない若手アーティストまで、さまざまな音楽との出会いがあるのが日比谷音楽祭の楽しみのひとつ。音楽が日常の風景に溶け込む瞬間が、ここにはある。
そして忘れてはいけないのが“フェス飯”。今年も人気シェフ・森枝幹さんがフードエリアの総合監修を務め、グルメ好きにも嬉しいラインナップがずらり。清澄白河の中華レストラン「O2」や、ミシュラン受賞の人気ピザ店「CRAZY PIZZA : LIFE」など、東京のフーディが注目する店が軒を連ねる。「音楽よりも飯目当てで来たかも」なんて声もあながち冗談じゃない。
「フェスって、がっつり準備して行くものだと思ってたけど、こんなふうにふらっと楽しめるならまた来たいな」。友人の言葉にうなずきながら、音楽の力は案外、こんな何気ない週末にこそ、やさしく効いてくるのかもしれないと思った。
日中にカジュアルなフリーライブをいくつか楽しんだ後に、夜は目玉でもある「Hibiya Dream Session 1」を観に野外音楽堂のステージへ。小雨が降る中の「雨の野音」はやはり特別なものだ。
トップバッターを務めたimaseのフレッシュなオープニング、PUNPEEの安定したアクトの後は、日比谷の劇場群で主演を務めるクラスのミュージカルスターたちによる「日比谷ブロードウェイ」。
あまり演劇に馴染みのない観客が多かったようだが、披露したレ・ミゼラブルの「民衆の歌」は会場の空気を震わせた。その後のセットチェンジの間、あちこちで「井上芳雄」と検索している人がいたのがなんとも微笑ましい瞬間だった。見知らぬ歌声との出会いはフェスの醍醐味だ。
32年前、日比谷野音でフリーライブをしたという小沢健二がこの日のトリ。日比谷公園という場所がいかに日本のカルチャー史において大切な場所なのかということを実感できるMCや多幸感溢れる楽曲たち。多くの人の笑顔が弾ける、しあわせな空間だった。
この秋以降に改修工事に入るという日比谷野外音楽堂。
「◯◯の野音、最高だったなぁ」「◯◯の野音は大雨だったよね」などと過去この場所で行われたライブに思いを馳せる人も多く、その区切りであることもこの日の“エモさ”に拍車をかけていたようだ。
珍しくライブ後に感極まっていた小沢健二に終始最高の笑顔を見せる“実行委員長”亀田誠治。彼らを見守るオーディエンス。祝祭の場ならではの音楽の力を実感した1日だった。
気負わなく会場に足を運べるのに、しっかりと音楽を楽しめる場。2026年の開催も決定しており、このピースでカジュアルなイベントが東京の中心でずっと続くよう、祈りたい。