ある人は仲間とともに微酔の眼で2軒目を見定め、ある人はようやく残業を片付けて褒美の1杯を探す。長いフライトを終えた旅行者は、多国籍な喧騒のなかで気力を取り戻していく。
22時、渋谷・神南。
さまざまな活力が多層的に重なる時間、そのベクトルの向く先が、神南エリアの一角に佇むバー「エスジー・クラブ(The SG Club)」で幸福に収束する。B1から3Fまで、それぞれにコンセプトの違った4つのフロアで来る人を出迎える異色のバーで、ヘッドバーテンダーを務める徳満亮太さんを訪ねた。

異色。とはいえ、決して話題性重視の紛いモノではない。むしろ、本物のなかの本物だ。
2012年に「バカルディ レガシー カクテル コンペティション」世界大会で優勝し、“世界一”の看板を提げて各国で腕を振るうトップバーテンダーの後閑信吾さん。彼が日本で初めて手掛けたバーであるエスジー・クラブは、コロナ禍前となる2018年のオープンから客足が途絶えない名店である。

テーマはずばり、1860年。「初めてカクテルを口にした日本人は、幕末にアメリカへと渡った侍たちだったかもしれない」というコンセプトを皮切りに、徳満さんはこう続ける。

「万延元年遣米使節と呼ばれる彼らは横浜から外海に出て、ハワイやサンフランシスコ、パナマなどを経由してアメリカ東海岸に辿り着きます。ニューヨークで宿泊した際には、その数軒隣りにバーがあり、そこでは“ジャパニーズカクテル”というお酒が考案された。そんな記録まで当時のバーブックには残されているんです」。

祖国から遠く離れた地での刺激、喜び。従者として使節団に参加した福沢諭吉を含め、荒波に揺れる彼らが大きな使命感と同時に未知なる感動を噛み締めていたことは想像に難くない。つまり、そんな特別な高揚感を伴う知的体験こそが、この店のハイライトとなる。

「エスジー・クラブでしか味わえない体験があるはずです」と徳満さん。1860年代の日本文化とアメリカンカルチャーがセンス良く入り混じる店内は、緊張感たっぷりのクラシカルなジャパニーズスタイルバーには表現しえない、多角的エンターテイメントで夜を満たしてくれるのだ。

この場所に集まる多様な欲求を満たすべく、店の造りは実に多層的で魅力的。渋い木目調のドアを開けると、まずは「ガズル(Guzzle)」と名付けられた1Fフロアが広がる。「グイグイ飲む」を示す名前の通り、あくまでライトに楽しく飲めるスペースだ。

「イメージしたのは、使節団が最初に上陸したアメリカ西海岸。少し明るめのライトが照らすカジュアルな雰囲気のなかで、アメリカンスタイルの賑やかなバータイムを楽しんでもらえます」。

ワークスタイルの制服に身を包んだバーテンダーとのやりとりを楽しみながら、友人との会話にも花が咲く。一方でフロア奥の階段を降りれば、また一味違った空間が姿を表す。「少しずつ味わう」という意味のB1フロア「シップ(Sip)」だ。

いつもはこの場所に立つことが多いという徳満さんは、1階のスタッフとは異なるフォーマルなスーツ姿で人気のオリジナルカクテル「トマトの木」を振る舞ってくれた。

「この1杯は、1本の木に見立てています。ギリシャ原産の木の樹液を主原料とするマスティハというリキュールをベースに“幹”を作って、トマトのフレッシュジュースで“フルーツ”をプラス。さらにバジルやディルなどのハーブを用いて、木の“葉っぱ”の部分を表現しているんです」。
爽やかな味わい、鮮やかなルックスはさることながら、グラスに注ぎ込まれるまでの美しい所作も圧巻の一言。まさしく五感を刺激するショータイムが、こだわり抜いたコンセプチュアルな世界観のもと展開される。

「カジュアルな雰囲気のガズルとは打って変わり、シップは1860年当時に実在したであろうニューヨークのギャングクラブをイメージしています。古き良きアンダーグラウンドな雰囲気ですが、ところどころに日本的な懐かしい意匠も盛り込んでいるんですよ」。

実際、バックバーには銀箔があしらわれ、カウンターには行灯を模した照明が掲げられる。レストルームで流れるBGMは、日本伝統の落語。しかも酒にまつわる噺をセレクトする手の込みようだ。ほかにも、仕掛けは盛りだくさん。ぜひ最高の酒を片手に、知的な発見にも酔いしれてほしい。

個性の異なるガズル&シップという2フロアのほか、エスジー・クラブにはさらなるスペシャルなフロアも。メインエントランス脇の階段は、2Fの「セイバー(Savor)」もしくは3Fの「サンガイ(Sangai)」へと続いていく。

前者は、会員制のシガーバー。キューバ産を中心に厳選された葉巻を、キューバンジャズなど葉巻製造国のレコード音楽が流れるなかで嗜むことができる。

後者は、2025年9月にできたばかりの完全予約制プレミアムシート。5杯のカクテルからなるお任せコースを味わえる。
各階のコンセプトも秀逸で、セイバーは「帰国する際にキューバに立ち寄った使節団が、当地の文化に触れて日本でシガーバーをオープンしたなら……」(徳満さん)という発想を源に据える。

かたやサンガイは、国際色豊かな素材をピックアップして日本と異国をカクテルでつなぐ“使節団顔負け”のアイデアが軸。ここで過ごすラグジュアリーでユーモラスな時間を求めて、外国人を中心にリザーブはひっきりなしだという。

そもそも、サンガイだけでなくエスジー・クラブには海外客が非常に多い。日本以上にバーカルチャーを身近に置く彼らから見ても、ここには唯一無二のバー体験、良い意味の“カルチャーショック”が用意されているからだ。

「うちの大将(後閑さん)は常々、“すべてに意味があると、良いお店になる”といっています。その価値観は、日本人の方にも大分受け入れられてきたように思います。いわゆる日本的な、緊張感のあるストイックなバーを否定はしません。けれど、こういう形のバーがあっても良い。日本でもとりわけインターナショナルな渋谷という地にこの店があることは、やはり非常に意味深いと考えています」。

人も、それぞれの人が過ごす時間もますます多層化する渋谷。徳満さんの言葉を借りれば「世界的に見ても訪れる価値のある街」に、「人種、年齢、店の雰囲気を含めて、幅広い要素」がひしめきあう。
そのすべてを満足させ、発展させていくには並大抵の努力では足りない。ゆえに、面白い。「今後は、お酒を飲まない人たちでも楽しめるようなバーの形も探っていきたいんですよ」と徳満さんは前を向き、渋谷を「チャンスと挑戦の街」だとも捉えているという。

それぞれの夜が深まり、もうすぐ新しい日付を迎え入れる頃合い。また新たな足音が、エスジー・クラブに近づいてくる。
エスジー・クラブ
住所:東京都渋谷区神南1-7-8
電話:050-3138-2618
営業時間:17:00 〜 2:00(日曜から木曜)、17:00 〜 3:00(金曜/土曜)
https://sg-management.jp/establishments/sgclub/
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