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ネットの発言が自分の可能性に蓋をする

VOL.3 ネットの発言が自分の可能性に蓋をする

小説『人間』では、身近な人たちからの評価や世間の評判、さらにはネット上の思慮のないコメントなど、さまざまな「他者の目線」の中にある登場人物たちの心の葛藤が描かれる。ネット上に溢れる悪意ある発言や、無邪気に人を傷つける言葉の氾濫への対処法について又吉さんと考えてみた。

島崎:

小説の中に太宰治のお話が出てきますね。太宰の『人間失格』に出てくる主人公の「膨張する自意識」があの作品のひとつのテーマだとすると、又吉さんの『人間』も今の時代を経て共通のテーマになっている気がしました。つまり今の時代、ネットも含めて一般の人でも他者からの目線を気にしたりとか、直接、間接でいろんな人が発言したりとか、太宰の時代以上に「膨張する自意識」に対して悩んでいる人が多いと思うんです。

又吉:

気にはしてしまいますよね。

島崎:

その中でも、悪意があるかどうかもわからないネット上に言葉については、どのように受けとめていますか?

又吉:

あと10年かからないと思うんですけど、そういうネット上での立ち居振る舞いやマナーみたいなものが整理されるような気がするんですよ。『火花』にもちょっとそういうことを書いたんですけど、ほんまにしんどい人いるじゃないですか。もう世界で起こってること全てに腹が立つし、全員俺のことを舐めていて、自暴自棄になっていつ死んでもええわって思っている人がいるとしたら「どうぞ、俺の悪口なんぼでも書いてください」って思うんですよ。

島崎:

確かに、ネット上のヘイト発言もそうですが、どうしてこの人はこんなに悪意のある言葉を書くんだろうと思うと、書いた人の精神状況を心配してしまうことはあります。

又吉:

そんなことで延命してること自体が辛いと思うんですよね。でも、その日生き延びるために必要やったら、考え抜いた罵倒の仕方で傷つけにきてくれていいよとは思います。とはいえ、それをずっとやってたら結局本人も精神的に削られていってしまうから良くないよなと。

島崎:

今は悪意あるコメントをしたら、反論やらリツイートやら、なんらか反応が返ってくると、それだけで手応え感じちゃったりするんでしょうけど、その先に世界は何も変わらないし、逆に無視されたり傷つけられたりするような反論がきたりして、疲弊していく。確かに、そんな誰も幸せにならないやりとりは自ずとなくなっていくのかもしれません。いや、なくなって欲しい(笑)。

又吉:

あと言い方悪いですけど、SNSでの発言って精査されていないし、磨かれてないじゃないですか。だから本人にとっても可哀想やなって思うんですよ。僕は本当に、中学時代にSNSがなくて良かったなって思いますもん。

島崎:

それは自分の中での精査という意味で?

又吉:

そうです。僕なんか詩とか格好良い言葉とかが好きやから、すごく残酷なことや死に対する言葉をSNSにめちゃくちゃ書いてたと思うんですよ。でも、その書いた詩というのは、自分の中のストレスとかしんどい思いをしている状況をストレートに出してしまった言葉であって、僕の本音のすべてではないと思うんです。

島崎:

憎悪とか嫌悪という感情は誰しもがあります。それをそのまま発言することは本意ではないはずだ、ということですよね?

又吉:

後で「傷つけるつもりはなかった」とか「悪気はなかった」っていうことあるじゃないですか。だったら最初から言うなと(笑)。

島崎:

目の前に人がいて、自分の言葉で傷ついていることがわかれば反省もしようがあるけど、ネットだとそういうことまで見えない。

又吉:

社会に出るとそんなこと言ってたらあかんから「0の目盛り」に自分を持っていってバランスを取って言葉を選んでいくじゃないですか。それがネットではそのまま発信されてしまっている。

島崎:

「いいね!」を押すような反応も無邪気にやっているに過ぎないですしね。両方とも吟味したり推敲したりした上でのやりとりではない。でも、数字として50でも100でも「いいね!」という結果が出たことが、「これでいいんだよ」と言われている気分になってしまう。

又吉:

ネット上のコメントって、そこでは通用していても、実社会でそのままやっていけるわけじゃない。むしろ、使い物にならない。

島崎:

確かに、ネット上のコミュニケーション力と、実社会のそれは全然違いますね。ちゃんとした実力があればどこでも通用するとは思いますけど。

又吉:

例えば、僕は、芸人になる前に、自分でノートにコント書いてめっちゃおもろいと思ってたんですよ。これでいけると思って芸人になったら、それじゃいけないじゃないですかやっぱり(笑)。

島崎:

ちゃんとした他者からの冷静な評価をうけるわけですもんね。

又吉:

それで、何であかんねやろとか、例えばコントの人物のキャラを変えるなら、自分の声を変えればええんかとか、そんな基本的なことを学んで。コントで表情をつけるのはダサいと思ってたけど、実際、表情出したほうがおもろいんやとか、オーディション落ちたりしながら自分の未熟な部分がある程度良くなっていって、自分のスタイルはこうやと思ったときに世に出ていける。

島崎:

ネットには、そういう篩(ふるい)にかけられるような経験はあまりないですね。もちろん、アクセス数とか視聴数って数字があるから、そういう数字を獲った人が優れているということにはなるのでしょうけど。作品としての完成度や、芸術性とかに対して評価を受けたかどうかは別の話にはなりますね。

又吉:

僕が28、9の頃って、「今はまだテレビに出たくない」っていう意識だったんですよ。多くの芸人はテレビに出たいってオーディションに受かろうとするんですね、半日で取れる資格を取るみたいな感じで。「それ逆に首絞めんで」って思ってました。僕らはパワーがないから、テレビに出たとしてもできないことが多すぎるって思ってて。だからテレビに出る前に、必死に能力を高めるための実践トレーニングを積むみたいな意識があって。それくらい僕はビビってたんですよ、テレビへ出ることに。

島崎:

へえー! でも28、9だったら結構キャリアも積んでて、舞台ではかなり活躍されてましたよね?

又吉:

そういうときでも、もう怖くて。どうやらテレビに出てる人たちは、自分らが思ってるよりもだいぶおもろいぞって思ったんですよ(笑)。こどもの頃、テレビを見て芸人になりたいと思ったのに、その能力を間違って認識していたというか。「あれ、無理やな、あんなことできへんな」って、すごく普通だと思っていた人のこともめちゃくちゃすごいなって思うようになって。

島崎:

それは相当にテレビに対するリスペクトを感じます。

又吉:

めちゃくちゃなんですけど、テレビをリスペクトしているからこそ出たくなくて。日本テレビのスタジオが麹町にあるんですけど、電車で麹町で降りたらすぐ1分くらいで日テレなんで、精神的に耐えられないんで、中央線で四ツ谷で降りて15分かけてゆっくり歩くんですよ。そうしないとメンタルが、ゆっくり潜って行かんと鼓膜破れるみたいな感じで(笑)。

島崎:

何がそこまでプレッシャーになるのでしょうか? 舞台とは違う怖さってなんなんでしょう?

又吉:

テレビでの競技ルールっていうのがあるんですよ。サッカーの試合では手使ったらあかんみたいな。テレビでも、そんな転び方は普通せぇへんとか。ご飯食べて「美味い!」ってみんな言うじゃないですか。テレビで見てると普通に見えるんですけど、ひさしぶりにテレビへ行くと「何でこの人、俺にこんなに味の感想聞いてくるんやろう」って(笑)。そして「あぁ、テレビってそういうもんやったわ」ってなるんですけど、「さっきおいしいって言うたやん、まだ聞いてくるぅ?」って(笑)。それがルールになってみんなが有機的に機能している中でおもしろさが生まれる、その難しさみたいなのはあります。

島崎:

テレビやだいたいのエンタメではちゃんと作法やフォーマットがあって、その中のテクニックがある一方で、ネットって良い意味でも悪い意味でも無法地帯ということなんですね。だからこそ、ネットでコミュニケーションの技術や振る舞いに対してダメ出しするのは難しいですね。

又吉:

でも、誰かが向き合ってやらんと。若者たちの実は成長できたかもしれないっていう可能性の部分がそこで切れてしまう気がするんです。例えば、一切なんの勉強もしてないヤツが、「寿司って米握って生魚乗せるだけやろ、できそうや」って思うわけです。それで、酢飯も知らんから普通の白米で握って出したら、友達やから「美味い」って言われる。すると「俺の寿司、美味いんや!」ってなる。これって、怖ないですか?

島崎:

怖い(笑)。でも友達だったら、とりあえず褒めちゃったりすることありそう。

又吉:

そいつそれから30年間、酢飯じゃない白米の寿司作り続けることになる。実は100点のとこまで持っていける才能のあるヤツだったとしても、自分の未熟さや足りない能力を指摘してくれる機会が足らんかったから、2点の寿司を作り続けてしまう。

島崎:

なるほど、又吉さんの危機感って、もっと本質というか表現力とかコミュニケーション力、みたいなところにある気がします。

又吉:

そういうのが学校教育の中でも、もう少しわかりやすく論理的に説明できてくるといいですよね。ネットで発言するだけでは、自分の可能性に蓋をしてしまうことがあるということをね。

ネットの発言に対する向き合い方の話、というよりネットで発言をしまくる人たちへのダメ出しのような話になってしまったけれど、そういう風にネットの発言や表現の稚拙さを冷静に分析しておけば、受け止める側も冷静に過度に傷つかずに済むかもしれない。そういう防衛のための想像力が必要なのだと、改めて感じた。さて、次は又吉さんの「ひとり好き」について。

スタイリスト:オク トシヒロ
ヘアメイク:中村 兼也(Maison de Noche)
写真:岡祐介
撮影協力:MONKEY GALLERY D.K.Y.

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人間

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公式WEB: https://ningen-matayoshi.jp/