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何もないギリギリの状況で生まれた新作『人間』の“ライブ感”

VOL.1 何もないギリギリの状況で生まれた新作『人間』の“ライブ感”

又吉直樹さんとHarumari TOKYO編集長・島﨑昭光の対談形式でお届けする「又吉直樹の人間力」。第1回は新作『人間』の創作過程について。

島崎:

代官山ってよく来ますか?(今回の取材は代官山にあるMONKEY GALLERY D.K.Y.にて行われた)

又吉:

よく来ますね。

島崎:

僕ら会社が近くて。たまに又吉さんが夜にこのあたりを徘徊しているのをお見かけします。

又吉:

よくこの辺でご飯を食べたりしますから。

島崎:

そのときっておひとりなんですか?

又吉:

渋谷とか中目黒でご飯食べて解散して、歩いてひとりで帰るって感じですね。

島崎:

それは車で帰ったりせずに、敢えてひとりで歩いてワンクッション置くみたいな?

又吉:

そうですね。割と歩くのが好きなんですよ。

島崎:

では、お見かけしても声かけないほうがいいですね(笑)。

又吉:

いやいや(笑)、声かけてくださいよ。

島崎:

ありがとうございます(笑)。さっそく、新作の『人間』についてお伺いします。まず今回の長編ですが、新聞連載ということで制作の過程がだいぶいつもと違いましたよね? 毎回、短いパートの納品を繰り返していくという。

又吉:

はい。最初に書いてしまってそれを新聞に載せる文量にカットして出していくこともできると思うんですけど、なんとなくライブっぽい感じでやりたいなというのがあって。その状況やから書けた回っていうのが結構あるんですよ。

島崎:

そのスタイルは今回が初めてですか?

又吉:

いや、昔『東京百景』っていう本を作ったんですけど、そのときに連載していた雑誌が途中で終わっちゃったんですよ。そのあと、連載に携わっていた人が吉本を退社するときに、『東京百景』だけは本にしたいって話になったんです。百景だから100本必要で、でも手元にある原稿は36本しかないと。当時10本くらい連載を持っていたんですけど、通常の原稿10本プラス『東京百景』の残り60本近くを1か月半で書いたという。

島崎:

壮絶ですね…。1日1本でも足りないくらい。

又吉:

1日3本書いていた時期がありました。そのときに、普段だったら絶対にこんなこと書かへんなっていう、恋愛のことや感傷的なことも書いていました。いつもなら2〜3段階工程を踏んでマイルドにして、自分の恥部みたいなものを見せへんようにするんですけど、そのときは時間がないから、自分の一番ヘビーな部分をバンバン書いてましたね。

島崎:

それが評判になった。

又吉:

そうなんです。割と評判が良くて。自分はこういう人前で喋りたくないことを文章で書くスタイルが合うのかもなっていう発見がありました。だから新聞(連載)もできるだけライブ感というか、ギリギリのところでやってみたいなと。それによって生まれたリズムっていうのは、単行本になるときも大きくは直さず残してますね。

島崎:

やってみていかがでしたか? しんどかった?

又吉:

めちゃくちゃしんどかったですけど(笑)。連載中もコントを何十本も作っていて。体力的なこともそうですが、アウトプットしまくりで自分の中に何もないという状態で、それでも書いていく面白さみたいなのもありましたし。

島崎:

僕『東京百景』がとても好きなんです。読んだとき、又吉さんが見ている景色と心象の組み合わせがバラバラで、それがむしろ東京っぽい感覚だなと感動しました。僕らは東京のメディアをやっているので、すごく共感出来る部分も多くて。

又吉:

バラバラですもんね。感傷的になったり、めちゃめちゃボケたり。

島崎:

あれを全体で見ると、東京という街の100の目線というか、多様性とそれぞれが現在進行形で動いていく東京時間のような存在を感じられて。『東京百景』こそ誰かのための東京ガイドになりえるんじゃないかって思いました。それで、お話を戻しますと『人間』の場合は、ライブ感を大事にしながらも、全体の構成は事前に決められていたんですよね?

又吉:

いえ、決めていないです。

島崎:

え? この3部構成というか、大枠の箱が出来上がったというのは結果的?

又吉:

結果的ですね。

島崎:

ええ! めちゃめちゃライブですね。とても緻密に構成されている感じに見えるんですけど。

又吉:

38歳の主人公を書くっていう、今の自分の感覚に近いものを書くつもりでした。『火花』とか『劇場』は20代から30代になる前くらいで終わっている話なんで、その続きみたいなものを書きたかったんです。それで、まずは東京の青春編みたいなのをちょっと書きますってことにしたんですが、それがけっこうな分量になってしまった(笑)。結構いったなー、みたいな(笑)。それから、青春時代を経て38歳の主人公が何を考えているのかを順に書いていった結果、第2章になっていくっていう。本当に書きながらですね。

島崎:

じゃあ第2章を書きながら、その後、沖縄に行くことも想定せずに?

又吉:

それだけは何となく最後、沖縄なのか奄美大島なのか何となく行きそうやなっていう気配は感じてたんですけど、行き方とかは親の記憶にあるのか実際に主人公が行くのか、どうやって行くんやろなって考えながら書いていました。

島崎:

なんかジャズみたいな作り方ですね。なんとなくのゴールを見据えて即興で行くという。

又吉:

かなり即興ですし、主要な人物も書いているうちに出てきました。書いている僕も「コイツほんまにおるのかな(必要なのかな)」、「コイツほんまはおらんちゃうかな」、「あ、でもおるわ」みたいな(笑)。どんどんそいつの出力が大きくなっていって、予定になかったのに主要人物まで育っていったなとか(笑)。

島崎:

登場人物が緻密に回収されていく“ように読める”部分もたくさんありましたよ。例えば女性のキャラクターが夢の中で重なるとか、すごく計算されていると思っていたんですけど。

又吉:

全然(笑)。書きながら編集者の人も、「お、また出てきましたね!」みたいな反応してました(笑)。

島崎:

どうですか、今回の作品を経て、書き方の新境地じゃないですけど、自分のスタイルが変わってきた手応えのようなものもありますか?

又吉:

一歩前に進みたいなっていうのはあります。大きく1作目2作目と変わったのは、登場人物が僕の実年齢に追いついたっていうのが大きくて、今回で小説を書くのを辞めんのかってくらい、書きたいことを全部書ければなと思っていたんです。自分の中にあるもの全部出し切りたいと思ったんですよね。で、『人間』を書き切ったことによって何もないんで。

島崎:

出し切った感はありますか?

又吉:

そうですね。もう何も残ってない(笑)。

島崎:

この『人間』までが第1章で、このあと作家・又吉直樹の第2章が始まると。

又吉:

出し切ったぶん、次は完全に自分から切り離した物語というか、そういう前提で書き始めることができるかなと。

―ライブ感のまま、今の自分を出し切ったという又吉さん。今現在の又吉さんが何を考え、何と葛藤し、創作することの意味とどのように向き合っているのか、その想いが小説というフォーマットの中で、フィクションとリアリティをない交ぜにしながら進行していく『人間』。同世代の人も、これから38歳に突き進む人にも、生きていくことのライブ感を感じながら読んでみてほしい。次回は、『人間』の幸福感のありかについて。

スタイリスト:オク トシヒロ
ヘアメイク:中村 兼也(Maison de Noche)
写真:岡祐介
撮影協力:MONKEY GALLERY D.K.Y.

MORE INFO:

人間

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公式WEB: https://ningen-matayoshi.jp/