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'この世界'からは降りられない 朝井リョウ インタビュー

作家・朝井リョウさんと考える、SNSのある世界との距離の置き方。最新作『死にがいを求めて生きているの』で描かれる「平成の対立」というテーマから、この世界の漠然とした煩わしさの正体の話まで。

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ひとりでいること。世界との適度な距離の置き方

死にがいを求めて生きているの

朝井リョウさんと平成の対立について考える連載。最後は「SNSを絶ってもSNSのある社会からは降りられない」という朝井さんにとって、世界との適度な距離の置き方を考えてみる。

SNSやインターネットの世界ではどうしても「ひとつの正義」が横行してしまう。人に期待する、しないを超えて「人はそうあるべきだ」という暴力的なまでの要求がこの世界には存在する。だから、朝井さんの「話が合わないから小説を書いていることを隠す」(※第3回)というように、SNS上のつながりの中でも、場所や相手を選んでいかないといけない。そんな煩わしさもあって、朝井さんはSNSから距離を置いているという。しかも、LINEも苦手らしい。

「既読機能が本当に苦手なんです。短歌でも手紙でもメールでも、相手が開封したかどうかわかる、なんてことは人類史上なかったことですよね。既読機能ってコミュニケーションにおいてかなり大きな変化だと思うんです。私は人間関係において秘密や隠し事があることのほうが自然だと思うので、家族との緊急性のないやりとりなどはメールでしています。基本的に、『別にそんなにお互いのことを知らなくてもよくない?』って考え方なんだと思います」

しかし、『死にがいを求めて生きているの』全編を通じたメッセージでもあるのだが、人間は、この世界から完全に離脱することが出来ないし、SNSを断ったところで、SNSがある社会からは降りられない。逃れられない中で、どう向き合うか。

「適度な距離感を保つって本当に難しいですよね。小説家の仲間と『自分が正しいと思っている時が一番危ない』という話をすることがあります。私も、自己批判精神は書くうえで大事だと感じます。『この発言は正しい』と思っている時こそ、人に言いたくなってしまう、SNSで発信してしまうという時代なのかもしれません。私も小説を書いている自分にその傾向を感じます。私は主人公の言葉が自分の演説になりかけることが多いので、そこに危機感を感じ、もっと物語の言葉にしないといけないと自重します。『今、自分がすごく尊大な気持ちになっている』と。言いたいことがある自分や、言いたいことがある人たちがいる場所から、適度な距離感を保つ。これは最近よく考えていることです」

やはり、SNS上のいろいろな刺激、いろいろな意見をシャワーのように浴びていると、感情的、短絡的にもなり冷静さを失う時がある。だからこそ一歩引いて、ひとりの時間を作ることが必要なのかもしれない。朝井さんは小説家らしく、「本を読む」ときに‘ひとり’を感じるのだという。

「これは小説家の窪美澄さんの言葉なのですが、本って、強制的に人を‘ひとり’にさせるんですよね。しかも数時間。それは映画でもテレビでも音楽でも無理で、本だけが人を2~3時間ひとりにさせる。私はそれで‘踏みとどまってる’のかもしれないです」

彼をして「踏みとどまっている」と言わしめるこの世界の煩わしさ。4回にわたってお届けした朝井リョウさんのインタビュー企画。朝井さんはインタビューを通じて自分自身について「正しい人間じゃない」と繰り返す。それは自己否定ということではなく、人間は時と場合によって考えや指向性がころころ変わるし、世の中をみてもどれが正解かなんて簡単に見つからないという「現実」を冷静に受け止める心境から発せられる言葉だった。その自己批判ともいえる心持ちが、煩わしい世の中と適度な距離で付き合っていく最良の方法なのかもしれない。