朝井リョウさんと平成の対立について考える連載。最後は「SNSを絶ってもSNSのある社会からは降りられない」という朝井さんにとって、世界との適度な距離の置き方を考えてみる。
SNSやインターネットの世界ではどうしても「ひとつの正義」が横行してしまう。人に期待する、しないを超えて「人はそうあるべきだ」という暴力的なまでの要求がこの世界には存在する。だから、朝井さんの「話が合わないから小説を書いていることを隠す」(※第3回)というように、SNS上のつながりの中でも、場所や相手を選んでいかないといけない。そんな煩わしさもあって、朝井さんはSNSから距離を置いているという。しかも、LINEも苦手らしい。
「既読機能が本当に苦手なんです。短歌でも手紙でもメールでも、相手が開封したかどうかわかる、なんてことは人類史上なかったことですよね。既読機能ってコミュニケーションにおいてかなり大きな変化だと思うんです。私は人間関係において秘密や隠し事があることのほうが自然だと思うので、家族との緊急性のないやりとりなどはメールでしています。基本的に、『別にそんなにお互いのことを知らなくてもよくない?』って考え方なんだと思います」
しかし、『死にがいを求めて生きているの』全編を通じたメッセージでもあるのだが、人間は、この世界から完全に離脱することが出来ないし、SNSを断ったところで、SNSがある社会からは降りられない。逃れられない中で、どう向き合うか。
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