今、オーディオドラマが面白い。単なる「音で聴くドラマ」というイメージを超えて、音楽、セリフはもちろん、デバイスや聴くシチュエーションを意識した演出など「聴く」に特化したコンテンツとして進化している。そんな進化を続けるオーディオドラマの世界で注目の5作品をご紹介。
独自に制作したハイクオリティーな音声コンテンツを、世界中にデジタル配信するサービス・SPINEAR。想像力を掻き立てるオーディオドラマは、その描写が精緻であればあるほど、高い音質であればあるほど、より強い没入感を与えてくれる。その中でも、息が詰まるほどの臨場感で迫ってくるのが『凍』だ。
『凍』は沢木耕太郎のノンフィクション小説が原作。登山家・山野井泰史と山野井妙子の夫婦による、ヒマラヤの難峰ギャチュンカン登頂挑戦を記録した物語だ。ほぼ壁のような傾斜は、たった数メートル登るのに数時間を要する。氷の裂け目であるクレバスで足を踏み外せば1000メートル下へと真っさかさま。凍傷にかかれば皮膚は黒ずみ、最悪患部の切断を余儀なくされる。まさに生と死の境をゆく行路だ。
『凍』を形づくるのは、沢木の筆致が克明に描き出す情景。容赦なく吹きつける風の音。2人の緊迫した息づかい。ひとつ間違えれば死に直結する決断の連続。目をつむって聴くと、あまりにも大きく残酷なギャチュンカンの氷壁が迫ってくる。その時感じるのは、原始的な自然への畏怖だ。
普段、街中の整備された環境で暮らしていると、人間はすでに自然を制しているんじゃないかと錯覚してしまう。けれど『凍』の世界の中で、それがあまりにも浅はかだと思い知る。
なぜ、彼らは命を賭してまで山に登るのか。その欲求は狂気のようにも思えるけれど、そこまで彼らを惹きつける山の魔力に少しだけ魅入られたような、そんな危険な気配がする。
沢木耕太郎『凍』(全9話)
原作:沢木耕太郎『凍』(新潮文庫)
出演:三上博史 (山野井泰史)、田畑智子 (山野井妙子)、長塚圭史、若村麻由美
番組URL:https://spinear.com/shows/sawaki-kotaro-tou/
イヤーコンテンツに特化した日本初のサブスクリプションサービスとして登場したのが、月額580円で聴き放題のNUMA。そんなNUMAの中から、気軽に聴けるラブコメディとしておすすめしたいのが『恋侍』だ。
(自称)恋愛示現流・免許皆伝の落合昌保・24歳は、ある夜中目黒の居酒屋で、高校時代のマドンナ・大崎夏帆と偶然再会する。だが、なぜか大崎は2人いた――実は彼女は双子であったことが、数年越しに初めて明かされるのである。高校時代は、電車の中で足を踏まれたこと以外、大崎と大した接点がなかった昌保だが、これをチャンスに距離を縮めたいと考える。しかし2人はあまりにそっくりで、どちらが自分の焦がれた大崎夏帆なのかわからない。そんな昌保に対し、2人は自分たちに「モナコ」「ニース」というあだ名をつけ、どちらが夏帆かわかる? と微笑むのだった――。
「恋侍」を自認する昌保だが、その実態は、恋愛経験に乏しく、知識を詰め込み頭でっかちになったこじらせ男子。大崎の言動に対して、いちいち頭の中で理屈をこねくり回す昌保は、ともすれば「めんどくさっ!」と斬り捨てたくなる人物だが、そこをカバーするのが、昌保を演じる神木隆之介の手腕。日本人であれば馴染みがない人はいないと言ってもいいだろうその声と愛嬌で、昌保をどこか憎めない愛らしさのある青年に仕上げている。物語が進むにつれ、性格の違いが顕著になってくるモナコ・ニースを二役こなす三吉彩花の演じ分けも見事だ。ピュアな恋侍を愛でるもよし、魔性のモナコ・ニースに翻弄されるもよし。中目黒の一夜を彼らとともに味わってはいかがだろうか。
恋侍(全7話)
出演:神木隆之介/三吉彩花/小倉久寛/今井隆文
脚本:柴崎竜人
OP&EDテーマ:TAKE(FLOW)
プロデューサー:依田剛大、沼尻裕子
ディレクター:中曽根勇一郎、原田昂
番組URL:https://numa.jp.net/mob/cont/contShw.php?site=NM&ima=4209&cd=DSE00014
音声メディアといえば、音そのものに心地よさを得るASMR的な楽しみ方もしてみたい。そんな人にご紹介したいのは、同じくNUMAの『孤高の脳トロハンター』。営業マンのとある男が、日常の中に潜む癒しの音を追い求める物語である。
耳の癒しを求めて男が向かうのは、たとえば雰囲気のある小さな喫茶店。たとえば「無言接客」を掲げる美容院。そこで耳にするのは、カップとソーサーの当たる硬質な音。コーヒーをドリップする水音。鋏の刃がこすれる小気味よい音。顔剃り用の石鹸の泡立つ、滑らかな破裂音。普段なら意識しないような動きひとつひとつにも音があるのだと気づかされる。ぜひそれぞれがなんの音か、どんな色形のものが使われているのか、想像しながら聴いてみてほしい。そして作品を聴いたあとは、改めて目を閉じて、周囲の音に耳を澄ませてみてもいいかもしれない。きっと、世界がさまざまな音にあふれていることに気がつくはずだ。
孤高の脳トロハンター (全5話)
出演:吉村卓也/田上ひろし/西海健二郎/堀田勝/安川里奈 /山城屋理紗/渋谷渉大流/木下佳/大森美来/渡辺彩花
脚本・監督:吉村卓也
プロデューサー:依田剛大
効果音協力:Hello Chigasaki ASMR
番組URL:https://numa.jp.net/mob/cont/contShw.php?site=NM&ima=4243&cd=DSE00032
ここまでエンターテインメント作品を取り上げてきたが、ここでビジネスジャンルの作品をひとつ。
アメリカの大手のポッドキャストネットワーク・WONDERYを原作に、ニッポン放送が日本向けに制作・配信しているシリーズ『ビジネスウォーズ』。昨年10月に配信を開始し、多くの反響を呼んだドキュメンタリードラマであり、その最新作が「マクドナルド対バーガーキング」である。タイトルを見ただけでもワクワクする対決カードだ。
いまや知らない人はいない世界的チェーン・マクドナルドは、1948年のカリフォルニア州で、マック・マクドナルドとその弟・ディックが始めたセルフサービスのハンバーガーショップから始まった。またたくまにファストフード業界を革新していくマクドナルド。それに追随するインスタ・バーガー・キング(のちのバーガーキング)は、なみいるライバルを蹴散らして業界第2位にのぼりつめる。そして、圧倒的王者として君臨するマクドナルドに戦いを挑んでいく――そんな、群雄割拠のハンバーガー戦争の記録だ。
ビジネス系と聞くと、とっさに堅苦しいものを想像した人もいるかもしれない。だが、一歩足を踏み入れてみると、そこに広がるのは泥臭いの努力の歴史だ。株式市場に参加するための高い壁。マクドナルドに名指しで喧嘩をしかけるバーガーキングの広告戦略。商標権を巡る訴訟。見慣れたマクドナルドもバーガーキングも、今に至るあいだに数えきれないほどの試行錯誤と切磋琢磨がある。そんな歴史を知れば、次にハンバーガーを食べるときにはまじまじとバンズやポテトを眺めたくなるし、その味わいも違ったものになるはずだ。
ビジネスウォーズ マクドナルド対バーガーキング(全6話)
出演:春風亭一之輔
オリジナル配信:ワンダリー
コーディネート:Media Japan Network
番組URL:https://www.1242.com/project/bw/
最後にご紹介するのは、NUMAで配信している『今の日本の家族会議』。父・到(46歳)、母・ゆり子(43歳)、娘・晶(19歳)の住澤家で繰り広げられる会話の様子を描いたコメディである。
第1話では、なんと到の母が、齢75にしてAV女優デビューを果たしたという情報が住澤家にもたらされる。この衝撃の事実を「議題」に、3人による議論が展開されていく。AV女優を辞めてほしい到。祖母にもAV女優になる自由がある、と主張する晶。「おばあちゃんがうらやましい!」というナナメ上の発言が飛び出すゆり子。3人の議論はどこへ向かうのか――?
改めて考えてみると家族というのは不思議なもので、とても近しい関係性でありながら、性別、世代が異なる人々によって形成された、少し奇妙なコミュニティだ。となると、そこには必然的に、さまざまな価値観が混在することになる。住澤家でいえば、父・到は気が弱いがやや凝り固まった固定観念を持っており、反して娘の晶は勝気で先進的な思想を持つ。母・ゆり子は、とぼけているようでいて柔軟な発想の持ち主。そんな三者三様の価値観の違いが議論の中であぶりだされていくのだ。各回のテーマも、第1話のAV問題に始まり、陰謀論、昔話の価値観の古さ、家族の絆など、意外と身近で、ちょっと気になるものばかり。3人の会話はコミカルで気安く聴けるのに、気がつくと「自分だったらどういう意見だろう?」と考えさせられている。
今の日本の家族会議(全4話)
出演:瀧川鯉八/須藤理彩/倉島颯良
企画・脚本・演出:アサダアツシ
プロデューサー:松浦順子 依田剛大
サウンドプロデュース:ステップ
音楽・効果・整音:西野公樹
サウンドコーディネート:成瀬篤志
制作:ダブ
番組URL:https://numa.jp.net/mob/cont/contShw.php?site=NM&ima=4209&cd=DSE00037
文・満島エリオ