働き方が多様になる中で、さまざまな肩書きを持つ機会も増えてくる。ただ肩書きは自分の立ち位置を説明する便利さがある一方で、それを誇示したりするものや、評価を限定的にさせることもある。このなんとも煩わしい「肩書きは」いる? いらない?
余談かもしれないですけど、『人間』を読んで、インタビュアーとして又吉さんの前に立つのってけっこうプレッシャーなんですよ(笑)。
あぁ…みなさんそうおっしゃいますね(笑)。
この本を読んで、普通の精神構造だとどう聞けばいいだろうとか、気の利いたことを聞かなきゃと空回りしそうになると思います。
質問するのって難しいですよね。
楽しまないとやれないですね、正解がないんで。
だから僕ね、よく質問で「芸人ですか? 作家ですか?」って聞かれるんですけど、それに答えるのがいつも面倒臭いなって思うんです。でも、じゃあ仮に自分が自分にインタビューで10個質問するとしたら何やろうって考えたことがあるんですよ。6個目くらいで、「あ、『芸人ですか? 作家ですか?』って入ってくんな」って(笑)。一応聞いとこかって(笑)。それ(答え)が聞きたいんじゃなくて、それについてどういう考え方をしているのかを聞きたい人もいるってことですよね。
それこそ聞きたい話だったんです(笑)。
あ。
仕事って肩書きに影響を受けやすいじゃないですか。肩書きで振る舞い方のルールも変わってくるし。肩書きに苦しめられている人って多いなって最近感じるんです。肩書きが重すぎて、何者問題で「俺、ライターなの? エディターなの?」とか。そういう意味で又吉さんに、肩書きについて伺いたいなと。
やっぱり自分で名乗るんやったら「芸人」って名乗るんですけど、逆に22〜23の頃とか、芸人って名乗るのは恥ずかしかったですよ。何もしていないのにって。だんだん、一応バイトせずに風呂なしのアパートで暮らせるようになったときに、ようやく「芸人」って言い始めたんです。
そうか、肩書きって、便宜上の部分もあるけど、「私はこれになりたい!」っていう「なりたい自分」を具体化してくれる言葉でもあるから、自分で自分を鼓舞する意味合いもありますね。そのくらい又吉さんは、「芸人」に対して誇りがあるんでしょうね。
でも「お笑い芸人です!」って言ってウケようとする人はいないですからね。お笑い芸人であること自体はおもしろくないんで。おもしろい芸人がおもしろいことを言うからおもしろいのであって。
たしかに芸人という肩書きだけでは、外に対しては有能かどうかは何も保証されないですよね。まずは名乗れるまでの基本をつけて、勝負はこれからだと。
この間、あんまり知らん先輩の作家さんで、「ペンクラブ所属」っていう肩書きを書く人がけっこういて、あれめっちゃ恥ずかしいんですよ見てて。
ペンクラブ?
入って所属しているのはいいと思うんですけど、ペンクラブ所属って肩書きを敢えて何で言うんやろって思っちゃうんですよね。
それ、ご本人に聞いたことはないんですか?(笑)
いや、もうなんか顔見れないですよ(笑)。絶対に顔見たらあかんって思っちゃうんですよ。
なにかすごい権威を感じる、と思うんですかね? ペンクラブ所属と言うと。
ビビらせにきてるやんって(笑)。自分の作品を言ったほうがまだいいですよね。「『◯◯』を書いた」って。あまり知られていない作品だとしても「覚悟決まってんな」って思いますけど。むちゃくちゃ他人のふんどしでやってんなあって思うんです。
『人間』にもその又吉さんの想いが痛烈な表現ででている気がします…。
ペンクラブ所属の先輩に「『火花』良かったよ」って言われても、「いや、お前のこと知らんから」って(笑)。何でそんなに偉そうなんやろって思っちゃいますね…。それやったら自分の作品持ってきて「ちょっとお前、これ読んで勉強しろよ」って言われたら、腹は立ちますけど、それで一応読んでめっちゃ文句言うたろと思ってたのにめちゃくちゃおもしろかったら格好良いなって思うじゃないですか。そういうやり方をしてほしいですよね。
それは格好良い!
芸人の先輩はそういう人が多いんですよ。ライブでむちゃくちゃ笑いとって、「わぁ、すごいなこの人」って思うしかない。ペンクラブの作家がすごいんじゃなくて、おもしろい作家がペンクラブにいるっていう感覚じゃないと。
今日11回くらい「ペンクラブ」って言いましたね(笑)。相当最近で印象的なことだったんですね。
そうですね。…ペンクラブ自体は良い集まりやと思うんですけど。半分以上の作家が所属してますからね。構成作家さんとかもけっこうおるし、おもしろい人はおもしろいからいいんですけどね。あ、肩書きの話ですよね(笑)。
そうです。でも十分、肩書きについても又吉さんの想いを感じられました(笑)。
1時間にわたった又吉さんへのインタビュー。お話を通じて強く感じたのは、彼の創作への強いこだわりと、芸人であり作家という職業に対するストイックなまでのプロ意識だ。
こどもの頃に憧れていた「なりたい自分」。スーパーヒーローやヒロインになれない現実にぶつかった後に20代、30代をどう生きていくのか。もし、引き続き「なりたい自分」への道を選ぶのだとすれば、やっぱりその職業なり肩書きに対する誠実な想いと技術や能力を高める探究心を持ち続けないといけない。
ただ、頂点に立つことがすべてではない。うまくいっても、いかなくても、その一喜一憂が「好きなことを選んだ自分」の人生であることを楽しめるかどうか。そして自分の中にある幸福感のありかを見つけ、好きなことに取り組むこと自体に歓びを感じる感性を持つことができれば、きっと今よりもっと楽しい毎日になると思えた。
スタイリスト:オク トシヒロ
ヘアメイク:中村 兼也(Maison de Noche)
写真:岡祐介
撮影協力:MONKEY GALLERY D.K.Y.