花は必ずしも誰かに贈るためのものではない。例えば誕生日、誰も祝ってくれる人がいないのなら、自分で自分に花束を贈ってみるのはどうだろう。その楽しさ、嬉しさを教えてくれたのは、逗子の花屋「橘」だった。
文:秦レンナ
この春、私は40歳になる。「年齢なんて気にしない」と言いながら、やはりこの数字に人生の節目的なものを感じずにはいられない。とはいえ、誕生日にはこれといった予定もなく、このままじゃ、いつも通り冴えない日常を過ごしそうだ。もちろん、何もないほど平和なことはないし、十分幸せだと思いながらも、40歳だもの。ちょっとしたスペシャルがあってもいいんじゃないかと思ってしまう。こうなったら自分で自分を祝おうじゃないか。
美味しいご飯にワインもいいし、ホテルのスパで思い切り贅沢なんていうのもアリか…などと考えつつ、どうもピンとこない。
なんかこう、もっとあったかいもの、愛のあるものが欲しい。
そうだ、花束なんてどうだろう。
日常的に花を買うことはあるが、自分で自分に花束を贈ったことはなかった。両手にいっぱいの花を、40歳になる自分のために。考えるだけで「アガる」!
そこで向かったのが、私の暮らす逗子にある花屋「橘(たちばな)」だ。
店主の橘優子さんは、もと大手広告会社のプランナーという一風変わったキャリアの持ち主で、「橘」は、いわゆる“普通の”花屋とはちょっと違う魅力があった。掲げるコンセプトは「わたしたちは、誰かの愛を伝達する」。かっこいい。なんだか、意思を感じる。
「橘」なら、誕生日に自分で自分に花束を贈りたい、というやや恥ずかしい気持ちも、わかってくれそうな気がしたのだ。
逗子駅から徒歩5分、「逗子海岸入り口」の交差点前に佇むガラス張りのお店が「橘」だ。店の外にはレモンやイチゴなど、思わず立ち止まって眺めたくなるようなインパクトのある鉢物が並び、店内に踏み入れれば、色とりどりの切り花が迎えてくれる。どれも生き生きと生命力に溢れ、その一つ一つのセレクトにはっきりと個性を感じる。
「橘」にやってくるお客様は、性別も年代もさまざま。地元の人もいれば、東京からやってくる人も。「夏は海水浴に来たついでに寄っていくお客様もいます」と、にこやかに語る店主の橘優子さん。
誕生日、結婚祝い、プロポーズ…さまざまなお祝いに花束を買いに来る人も多い。初めは「おまかせ」と言う人も、「花を贈りたい」という気持ちに寄り添い、お相手はどんな人なのか、好みや性格なんかをヒアリングしていくと、いつの間にか一緒に花を選んでいることも多いという。
聞けば、「自分で自分のために」という人も案外少なくないのだとか。モジモジと不安そうな私に「すごく素敵なことですよ!」と、橘さんは背中を押してくれた。
「『花屋は偉くない』って、スタッフにはよく話すんです。私たちは作品を作っているわけじゃない。花を贈りたいというその気持ちが、一番尊くて大切だと思っています」
今回の花束には、大好きなバラを入れてもらうことだけリクエストし、あとは橘さんに選んでもらうことにした。
橘の扱う花にはあまり見かけない珍しいものも多い。チューリップやバラといった一般的な花でも、こんな種類があったのか! という発見がある。
「仕入れのときは、とにかく生命力に溢れているものを選びます。その日一番輝いているお花と目が合うんです」
出来上がった花束は、大ぶりなピンクのバラ、スイートアバランチェを中心に、ふわふわとした水色がかわいい染めのスイートピーや、春らしいミモザにチューリップ、風を感じる稲穂が、絶妙なバランスでまとまっている。
「黒いリボンでキュッと引き締めて、シックな大人っぽさも出してみました」
ああ嬉しい! 自分のために作ってもらった花束を抱え、こんなことができるようになった自分がたくましく、そしてちょっとだけ誇らしく感じた。大人になったんだなと実感する。こんな誕生日も悪くない。全然悪くない!
誕生日じゃなくてもいい。何か頑張ったとき、祝いたいとき、元気になりたいとき、自分のために花束を贈ってみてはいかがだろう。きっと想像以上に“アガる”はずだ。
橘
住所:神奈川県逗子市逗子5-3-28 鈴木屋ビル 1階A’
TEL:046-813-0305
営業時間:10:00~18:00
WEB : https://tachibana.florist/