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2019.10.8

会いたい人がいる喫茶店。30年間、人と人を紡いできた表参道「蔦珈琲店」の求心力

蔦珈琲店

リラックスする、じっくり考えごと、パソコン作業に、名物メニューを食べに行く……。お気に入りのカフェの探し方はそれぞれだ。でも、「そこにしかない時間」という点では、「会いたい人がいる」という魅力に溢れた表参道「蔦珈琲店」が一番かもしれない。

移り変わりが激しい表参道で、いつも“そこにある”喫茶店

表参道駅を出てから南青山五丁目交差点方面へ。そこから青山学院大学の校舎に沿った小道を入ってしばらく進むと、蔦が生い茂る静かな場所にたどり着く。そこが、今回の舞台である「蔦珈琲店」だ。

表参道や青山通りの雰囲気とは一線を画し、どこかの別荘へ来たかのような静寂の空間。それもそのはず。かつてここは、著名建築家の山田守氏の邸宅だった場所。マスターがこの邸宅の一画を借り、1988年に喫茶店として生まれ変わらせたのだ。建築家の設計らしい美しく情緒のある趣はそのまま、トレンド発信地・表参道の移り変わりに左右されず、今もここでお客さんを迎え入れている。

この知る人ぞ知る名店「蔦珈琲店」にはどんな人がやってきて、どんな時間を過ごすのか? 編集部が、朝の開店から夜の閉店まで、お店を密着取材してみた。

1日を通じて感じた蔦珈琲店の魅力は、30年間、今も、昔も、これからも、さまざまな人と人とを紡ぐ求心力だった。

一杯の珈琲と、オーナーの存在

朝10時、開店時間にお店へ。珈琲豆の香ばしい匂いに誘われチャリンとベルが鳴るドアを開けると、カウンターには珈琲を煎れている「蔦珈琲店」のマスター・小山泰司さんと男性スタッフさんの姿が。

こちらを見て、「どうぞどうぞ」と気さくに話しかけてくれる小山さん。一瞬にして“受け入れられた”編集部一行は、自然と「外まで良い香りが漂っていました」と口から零れる。そこから流れるように会話が弾む。

「朝、ここで焙煎してるからですかね。外まで匂いがしてるのかぁ」

そうにこやかに話す小山さんに、肩の力が抜けていく。

カウンターとテーブル席7つのコンパクトな店内は、平日の朝からお客さんが続々とやってくる。休日ともなれば、表参道にお出かけしにきた若いお客さんで行列が出来るほどに。

すると、さっそく開店直後なのにひとりの男性がやって来てカウンターに。毎朝やって来るお客さんなのだという。繰り広げられるのは、何てことない世間話。

「何かうれしいことあったの?」
「同級生の奴らはもう仕事辞めてるから、暇だって言ってさー…」

朝の散歩ついでに、仲良しなご近所さんの家にふらっと立ち寄ったかのようなラフさ。そんな小山さんとお客さんの会話に、男性スタッフさんも笑みを浮かべながら手を動かす。

開店直後にやってきた常連さん。マスターと和やかに会話が弾む。

チャリン

開いたドアを一斉に見ると、また常連と思しき男性がひとり。「おぉ」と挨拶を交わしながら、開店直後からいる男性の近くのカウンター席に腰掛けて会話が交わされる。元々は他人同士だったという二人。しかしこのお店に通うにつれ、顔を合わせれば隣に座り、ゴルフ仲間にもなったという。

そう、この風景が「蔦珈琲店」の日常なのだ。

カウンター席はいつも常連さんで賑わう。かといって、一見さんでも気さくに話しかけてくれるマスターのおかげで、敷居はうんと低い。

ひとしきり会話と珈琲を堪能した後、1時間ほど経って、男性たちは店を後にしていった。「最初はただのお客さんとオーナーという関係性だったんですけどね、次第に形を変えていきましたね」と小山さん。

彼らのほかにも、「蔦珈琲店」という場所を通して、“つながり”を感じるお客さんは多いらしい。

自慢の珈琲は、ネルドリップで抽出しているため香り高い。しっかりとした苦味と、かすかに甘味を感じる味わいだ。

続いて、ひさしぶりに同店へ足を運んだという男性に、訪れた理由を聞いてみた。

「まず、デミタスが美味しい。この味を求めてくるという理由がまずひとつです。でもね、何よりマスターの人柄ですよ。僕は頻繁に来れないんですけど、ひさしぶりに来ても話しかけてくれてね、関係を覚えててくれるんです。まるで家族みたいだなって思います」

そんな男性に「もっと言って(笑)」なんて小山さんがお茶目に返す。

そして、ほかのお客さんの中には「ここの珈琲はね、日本で2番目に美味しいから珈琲目当てですよ。……なーんてね(笑)。本を読みたかったら放っておいてくれるし、話したいときには色々話せるし。こんな昔ながらの喫茶、最近は少ないでしょう? 本当はマスターに会いにここへ来ています」。マスターが亡くなったら来ないと話すほど、実際はマスターにベタ惚れのようだ。

テーブル席には大きなガラス壁になっていて、晴れた日はたおやかな日の光を浴びる植物の緑を堪能できる。

また、別のお客さんが来店。25年以上通っているという男性はこう語る。

「ここに来るとね、普段は話をしないような人たちと出会えるんですよ。タイプが違ったり世代が違ったり、そんなさまざまなお客さんたちとつなげてくれるのが、マスターの小山さんなんです。一見さんでも、自然と会話に入れてくれるんですよね。出会ったのはここだけど、飲みに行くような関係になった人もいます」

それはお客さん同士のつながりだけに止まらない。

「若いアルバイトさんがいっぱいいるじゃないですか。だから『どんな勉強してる?』って質問をしたり、最近の流行を聞いてみたり。マスター以外の店員さんとのコミュニケーションも楽しいですよ。ここはお店自体がコミュニティなんです」

彼と話したくてやってくるお客さんも増えてきた。

小山さんいわく「かつては僕と同世代のお客さんたちが、僕を目当てに来ることが多かったです。でも若いスタッフを雇うようになったら、若いお客さんも来るようになりましたね。スタッフに会いに来てくれる人も増えて。そうしたら、僕ら世代のお客さんと若い世代のお客さんのつながりも生まれてね」。

こちらのお店で働いていたスタッフさんが独立してお店を出すと、「蔦珈琲店」の常連さんたちはそのお店を行脚するという。お店がハブとなり、つながりはどんどん広がっていく。

そんな自然とつながるお店を作った小山さんの原点は、一体何なのだろう。

「中学生のときに通っていた喫茶店があったんですけどね、そこの店主が『泰司、牛乳買ってきて』って言うんですよ。一応、僕はお客さんですよ(笑)。でも、店主とお客さんという枠だけではない関係性がすごく心地良かったから、僕もお店はこういうものだっていうのが根底にあったのかもしれないですね」

真冬にお店のエアコンが壊れて営業ができないときには、ピンチを察したお客さんが家電量販店でヒーターを買ってきてくれたこともあったという。

「このお店がやっていけているのは、すべてお客さんたちのおかげですよ」

誰よりも人とのつながりの尊さを知っている小山さんだからこそ、人が集まって離れない。東京・表参道は、最新のファッション・カルチャーが集まる街であり、歴史ある地元文化を培う温かい街でもある。表参道で“行きつけのカフェ”を持つなら、そんな新しさと古さが交わる「蔦珈琲店」をおすすめしたい。なによりも、マスターの笑顔と、お店全体を包み込む穏やかな空気の虜になるはずだ。

 

写真:山本恭平