毎日を充実させる東京のトレンド情報をお届け!
Harumari TOKYOのLINEをチェック

詳しくは
こちら

HOME SPECIAL 今こそ必要な「詩」の手引書 中原中也賞詩人・文月悠光さんが提案。 今日から詩が身近になる5つのヒント
中原中也賞詩人・文月悠光さんが提案。 今日から詩が身近になる5つのヒント

VOL.3 中原中也賞詩人・文月悠光さんが提案。 今日から詩が身近になる5つのヒント

「興味はあってもなかなか触れる機会がない」「どうやって読めばいいかわからない…」。読書と違って、「詩」はなかなか身近なものとは言い難い。まずは詩に近づくことから始めてみようと、オンラインの「詩の教室」なども開催する、詩人の文月悠光さんにインタビュー。実は現代人にこそ詩をおすすめしたい理由や、読むだけじゃない「詩」の楽しみ方を教えてもらった。

「詩」との距離を縮めるには? 書く・読む、詩の楽しみ方

事前アンケートでは、詩を読まない理由として「そもそも詩に触れる機会がない」という声も多く見受けられた。

「詩は、短歌や俳句のようなガイドブックが少ないこともあり、そもそも何から読み始めればいいのかわからない、小学校や中学校の国語の教科書で触れたきり、という人が少なくないと感じます」

そんな人のために、詩を読むきっかけや日常に取り入れるヒントを文月さんに教えてもらった。

1. 日常の隙間時間を利用する

「電車を待っている時間や、寝る前の時間などちょっとした隙間時間に、詩を一篇読んでみるのはどうでしょう。詩は小説と違ってショート動画を一本見るのと同じくらいの時間で読める短さが魅力です。短いので繰り返し味わえる。実は忙しい現代人にこそぴったりなんです」

2. 詩の朗読会に参加してみる

「朗読会は、そもそも何を読んでいいかわからない、ひとりで読んでいても理解が深まらないという初心者にこそおすすめ。イベントとして詩に触れることで、まずは接点を持つことができます。また詩は、声に出して読むことで、抑揚やトーンとともに言葉や表現を理解することができます。さらに参加者の感想や意見を聞くことで、捉え方や見方が変わることもあるかもしれません」

3. 教室で詩を学ぶ

「私は今、月に2回、オンラインで『詩の教室」(※)を開催しているのですが、これまで詩に触れたことあるなし関わらず、また年齢も10代から70代までと、さまざまな方が受講されています。面白いのが、一人ひとりの作品からその人の生活が見えてくること。これまでどこか詩を遠いものと感じていた人も、今、目の前にいる人の話として詩を読めるので、グンと距離が縮まることがあります」

(※)文月悠光さんの詩の教室

「書いて愉しむ詩の表現教室」(毎日文化センター)
https://www.mainichi-ks.co.jp/m-culture/each.html?id=1887

「今夜は詩人!詩の世界を愉しむ」(NHK文化センター)
https://www.nhk-cul.co.jp/programs/program_1136790.html

4. 自分で詩を作ってみる

「今、世の中にある詩が、自分には合わないと思うのであれば、自分で詩を作ってみるというのも手です。『そうはいっても難しい』という方におすすめしたいのが、詩で日記を書いてみること。元々、私が詩を書くモチベーションには、『あの日のこの感覚を、ちゃんと残しておきておきたい』という思いがありました。詩は文章よりも短くスピーディーに記録できる表現形式。まずはその日の気分を、風景や色合いで表現してみるのがおすすめです」

5.写真から詩を作ってみる

「日記より手軽なのが写真です。スマホで何か景色などを撮影するとき、誰しもきっと心に感じるものがあって撮っていると思うんです。だから、写真フォルダを見返していると、そのときの気持ちや情景が思い出されてくる。それを言葉にして写真に添えてみたり、インスタグラムなどで一緒に投稿してみると、視覚的にも印象強くなります」

詩を読みたいと思ったら。頑張る人にこそ響く、文月さんの最新詩集「大人をお休みする日」

自分にとって身近な内容の詩であれば、親近感を持って読むこともできるかもしれない。「あの日のこの感覚を、ちゃんと残しておきておきたい」という気持ちから、詩を書くようになったという文月さんの紡ぐ詩は、日々の生活の中の出来事や景色、人との触れ合いが描かれていて、まるで自分のことのように感じられることがある。

「私たちの日常って、何気ないことの繰り返しだと思うんですよね。仕事が終わってふーとため息をつきながら家のドアを開け、お風呂を沸かすスイッチを押す、みたいな繰り返しです。でも、それを詩にしてみると、不思議とそこに詩情が生まれる。毎日している動作が、自分を大切にするための儀式のように見えてくる。そういう視点で日常を見つめてみると、詩はあらゆるところにあるのだと思えてきます」

そんな文月さんの第5詩集となる新刊『大人をお休みする日』は、現在33歳の自分が見つめる世界、日々の暮らしや恋愛、時代の空気感をリアルに切り取った作品が45篇収められている。

「アラサーになって『成熟する』とはどういうことなのかと、よく考えていました。今の自分は20代の頃とは明らかに違うけれど、まだまだ未熟で、揺らいだり失敗したりしながら、“一生懸命に大人をやっている”感覚もある。でも、それは周りの同世代も同じで、仕事に子育てに、 “大人としての責任”を抱えた 状況の中で、必死にやっているように感じます。そんな日々頑張る人たちに向けて、『大人をお休みする日』があってもいいのでは、と提案したかったんです。でもそれはある意味、自分に言い聞かせたい言葉でもあったと思います」

本書の中の「選んでも」という詩は、一見何気ない友人と過ごすひと時を描いているが、「30代の今の自分でなければ書けなかった詩」だと文月さんは言う。

「選んでも」

私もこっちにすればよかったな。
友人の頼んだフレンチトーストに目をやる。
わたしはいつも自分の選択を信じきれない。
運ばれてきたサンドイッチには手をつけずに、
小さな喫茶店の中を見渡す。
近くのテーブルには
互いの写真を撮り合う若い二人の姿も。
いつかの自分を見ている気がして、
記憶の中にある、
この喫茶店であった人たちの顔を思い浮かべた。

〜中略〜

人生に光を与えてくれるのは、劇的な出来事ではなく、
記憶からこぼれ落ちている何気ない一日。
そうか、わたしも「選んできた」んだな。
白いパンで包まれた、
サンドイッチはやさしすぎて
忘れてしまいそうなおいしさだった。

「大人をお休みする日」(角川春樹事務所)より抜粋

「『人生に光を与えてくれるのは、劇的な出来事ではなく、記憶からこぼれ落ちている何気ない一日』という表現は、恐らく10代の私では書けなかったと思うんです。そう気づけるようになったことが、少し大人になった印でもあると感じて、詩に残したくなりました」

人生をより深く味わうために。「詩」はヒントをくれる

たった一篇の詩が、人生を変えてしまうこともあるという。詩の持つ力について、文月さんは、「あらゆる感情を詩から受け取り、吸収してきた」と語る。

「心を奮い立たせる勇気、背筋が伸びるような気持ち、くすっと笑いたくなるユーモア。詩から受け取った感情があるからこそ、より人生を豊かに細部まで味わうことができるのではないでしょうか」

もちろん、人生にはつらいときだってあるだろう。文月さんは、こう教えてくれた。

「人は誰しも生きる中で、寂しさや孤独感、悩みを抱えることがあると思います。そうしたとき、人との関わりによって癒されることもあれば、自分自身の過去や記憶と向き合うことで癒されることもあると思うんです。詩はそのきっかけをくれるような気がします」

文月悠光/ふづき・ゆみ

詩人、武蔵野大学客員准教授。1991年北海道生まれ。16歳で現代詩手帖賞を受賞。第1詩集『適切な世界の適切ならざる私』(ちくま文庫)で、中原中也賞、丸山豊記念現代詩賞を最年少18歳で受賞。第4詩集『パラレルワールドのようなもの』(思潮社)で富田砕花賞を受賞。2025年2月に、新詩集『大人をお休みする日』(角川春樹事務所)を刊行した。

撮影:西谷玖美