人は、当たり前だと思っていたモノやコトが当たり前ではなくなったときに、それが自分にとっていかに大切なものか気づかされる──。新型コロナウイルスの流行によって、さまざまな大切なものが見えてきました。映画を上映する場所、映画館もそのひとつです。
映画館を紹介する連載「行きつけにしたい映画館」が少し前にスタートしたばかりですが、コロナによって映画館は現在閉じています。そこで番外編として、映画にたずさわる人に映画館の想い出を語ってもらう企画をはじめることに! トップバッターは「ミニシアター・エイド基金」の発起人のひとり、濱口竜介監督です。

濱口監督は、商業映画デビュー作『寝ても覚めても』が、第71回カンヌ国際映画祭コンペティション部門に正式出品されるなど、期待される映画監督のひとりです。
そんな濱口監督にとって、映画館とは、映画を観る場所であることはもちろん、自分の作った作品が観客と出会う場所でもあります。現代はネット配信で何処でも映画を観ることができますが、なぜ映画館で観ることに意味があるのか──。家で観る映画と映画館で観る映画では「体験の質が変わる」と、濱口監督は言います。
「そもそも今のご時世に、約2時間なにかに集中するって、かなりハードルが高いですよね。僕もオンラインで映画を観ることはありますが、これだけ映画が好きなのに2時間集中して観られない(笑)。その映画に出ている俳優やカメラマンについて気になって、スマホで調べ出すことも」
たしかに、スマホにメッセージが来ればチェックもする、トイレに行きたくなれば一時停止をして画面の前から離れる。でも、映画館だとそうはならない。
「スマホなど常に繫がっているネットワークを断ち切って、社会とも自分を切り離して、暗闇のなかで映画だけに集中する。その時間だけは、ただ観る人、ただ聞く人になる。そうやって光と音を浴びると、体の質が変わるような感覚があります。それって今の時代ではなかなか手に入れられない身体感覚だし、快楽なんですよね。その感覚を体験するために映画館に行くというのもあります」
濱口監督の作品は、観賞+体験をゴールにしているそうだ。
「僕の場合ですが、集中して観てくれる観客に対して、いちばん力を発揮するように映画を作っているので、映画館がなくなると、観客と自分の映画が本当の意味で出会える場所がなくなってしまう。それは非常に困る。観客ひとりひとりが自ら作る体験の質というのは、映画館がないとまったく変わってしまうと思うので……」

体験の質。少し難しいかもしれないですが、たとえば幼い頃に映画館で観た映画のことを、大人になっても鮮明に覚えているのは、体験の質が深いことを示すのではないでしょうか。
濱口監督にとっての映画と映画館の出会いは、5〜6歳の頃に初めて映画館で観た『ネバーエンディング・ストーリー』で、「馬が沼に沈むシーンがめちゃくちゃ怖かったなぁ」と、すごくよく覚えているそう。また中学の頃に友達と観に行ったのは『ぼくらの七日間戦争』や『ターミネーター2』。そして高校生の頃に岩井俊二監督の『Love Letter』と『打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?』をテレビで見て、あることに気づいた。
「この作品は、いつも見ているテレビドラマとは何か違うぞと感じたんですよね。それで、岩井監督の映画を観たくてシネスイッチ銀座まで出かけて、『PiCNiC』と『FRIED DRAGON FISH』を観ました。高校2年、僕のミニシアターデビューでした」
「岩井俊二さんの作品を観たときに、映画における作家の存在を何となくですが知ることができました。いま思えば、岩井さんが監督・脚本・編集をしていたからだと思いますが、ある個人の思いが、スタイルやカラーになって作品に反映されているのだと、強烈に感じたのを覚えています。岩井さんの映画をきっかけに、同じ時期(1996年頃)に流行っていたウォン・カーウァイ、ダニー・ボイル、クエンティン・タランティーノの作品を観て、監督によって映画は異なる雰囲気になるらしいことも分かっていった。
高校時代、クラスのなかにミニシアターに行くような人はそれほどいなかったので、自分は映画好きだと思っていて。なので浪人して予備校に通いながら、たまに映画館へ行ってました。大学に進学してからは、予備校時代の鬱々とした気持ち、何か楽しいことをしたいという気持ちを発散させたくて、映画研究会に入ったんです」
大学卒業後は、商業映画や2時間ドラマの助監督見習い、経済番組のアシスタントディレクターを経験し、その後は、北野武と黒沢清が教授をつとめる東京藝術大学大学院の映像研究科へ進みます。その時点で、映画監督になる夢を抱いていたのかと思いきや──。
「消去法です。映画は好きだけれど、絶対映画監督になるという強い思いがあったわけではないんです。正直に言うと、自分の嫌いなことをぜんぶ避けていったら映画が残った、唯一続けてこられたのが映画で、映画しかなかったという……。そして藝大の修了制作で撮った『PASSION』が、サン・セバスチャン国際映画祭や東京フィルメックスで上映されて、映画監督という肩書きで、僕の人生が動き出したという感じです」
映画監督としてキャリアをスタートさせた濱口監督は、これまでに10本の長編、8本の短編を制作。『ハッピーアワー』はロカルノ国際映画祭主演女優賞、ナント国際映画祭準グランプリ、近作『寝ても覚めても』はカンヌ国際映画祭コンペティションに選出され、世界30ヶ国で劇場公開されました。
そんな映画人生を送るなかで、特別な映画があるそうです。それは、21歳のときに観たジョン・カサヴェテス監督の『ハズバンズ』。
「映画研究会にあった感想ノートに、カサヴェテスは凄いという書き込みがいくつもあって、それでシネ・アミューズ『カサヴェテス2000』という特集上映を観に行き、『ハズバンズ』『ミニー&モスコウィッツ』『愛の奇跡』の3本のカサヴェテス作品を観ました。特に『ハズバンズ』は、それまで観たどの映像作品とも違っていて──何て言うか、作られたものではない、人生そのものを観た! という衝撃で、映画って本当に“凄い”ものなんだって初めて知った作品でした」

「そこにたどり着きたくて、その方法を知りたくて、でも未だに分からない。だから自分が映画を撮る前には『ハズバンズ』を観ます。同じ理由でハワード・ホークス監督の『リオ・ブラボー』も観ます。これはレンタルビデオで出会った映画ですが、ただただ、これは凄い! 凄いぞ! と感じて、何が凄いのか、凄いと感じさせるその秘密が知りたくて何度も観ています。何度観ても何が凄いのか明確には言語化はできないけれど、簡単に言語にできるものはその程度のものなので、その凄さをひたすら浴びる感じですね」
濱口監督が“凄い”と感じる映画があるように、私たちにも私たちそれぞれに“凄い”と感じる映画があって、その映画によって気持ちが救われたり、元気や勇気をもらったりしてきたのではないでしょうか。どんな人の人生にも映画が関わっている、だからその映画と出会わせてくれる映画館という場所は大切にしたい。そんな想いが、ミニシアター・エイド基金につながっているのでしょう。

クラウドファンディング開始から、わずか3日で目標金額の1億を達成し、現在は新たな目標金額を設定しました。ミニシアターを守りたいという思いを、改めて濱口監督に聞きました。
「今の時代、映画は好きだけど、映画館には興味がない、そういう世代もいるはずです。ただ、僕らおじさん世代が、劇場で映画が観られないと右往左往するのは、単なるノスタルジーではなく、『ミニシアターで映画を観る体験が失われてしまう=自分が映画を観ることそのものの意味が失われてしまう』、そういう気持ちがあるからです。だから僕らの右往左往している姿を見て、なんか映画館って相当ヤバい(凄い)空間らしい、エモい空間らしいぞって思ってもらえたら。そして、お前らがそんなに騒いでいるなら行ってみようかと思ってもらえたら、嬉しいですね」
ミニシアターを含めた映画館が再始動したときには、濱口監督の言う「ヤバい空間」「エモい空間」で、ただ観る人、ただ聞く人として、改めて映画を体験したい、そう思います。
次回は、ミニシアター・エイド基金のもう一人の発起人、深田晃司監督が登場します。
ミニシアター・エイド(Mini-Theater AID)基金
https://motion-gallery.net/projects/minitheateraid
取材・文:新谷里映