HOME WELL BEING SPECIAL 中に入れずとも見どころは満載。軽井沢屈指の美観スポット「軽井沢聖パウロカトリック教会」
中に入れずとも見どころは満載。軽井沢屈指の美観スポット「軽井沢聖パウロカトリック教会」

中に入れずとも見どころは満載。軽井沢屈指の美観スポット「軽井沢聖パウロカトリック教会」

明治時代にカナダ人宣教師が見出した避暑地・軽井沢。キリスト教との深い歴史を持つこの町には、12の教会があり、その数は仏閣を上回る。そのなかで唯一のカトリック教会が軽井沢聖パウロカトリック教会、通称「聖パウロ教会」。昭和10年の献堂以来、祈りの場として多くの人を迎え入れた聖堂は、新型ウイルスの影響により、かつてないほどの静けさに包まれていた。

コロナ禍で閉ざされてしまった教会

町内唯一のカトリック教会として、地元はもちろん、別荘民らもミサに訪れる聖パウロ教会。クリスマスには一般の来場者もミサにあずかることができ、軽井沢の地域の教会として長年親しまれてきた。しかしコロナ禍で、教会は一般見学を中止。ミサもしばらく控えることになった。
現在においても教会内の見学はまだ再開されていない。やはり不特定多数の観光客が多い場所での再開はハードルが高いのが現実だ。感染症対策や不特定多数の人の出入りのコントロールなど、その場所の性格から難しいと判断せざるを得ないのだろう。それでも閉ざされた扉の前では、マリア像を見上げ、祈りをささげる人の姿が見られる。不安になりがちなこんな日々にこそ、人々に寄り添うのが教会の存在だ。

由緒ある、軽井沢のランドマーク

旧軽井沢銀座通りと並行して走る「水車の道」。ここに聖パウロ教会が建っている。水車の道は、かつてそば粉や小麦粉を挽くための水車があったことから名づけられた。作家・堀辰雄や芥川龍之介らの定宿の裏手にあり、軽井沢ゆかりの文学者たちが散歩した道でもある。堀辰雄はもちろん、川端康成の小説にも登場する軽井沢のランドマークだ。

大通りの一本裏手ということもあり、旧軽井沢の喧騒から離れた場所に教会は佇んでいる。設計者のアントニン・レーモンドは昭和初期のアメリカの巨匠フランク・ロイド・ライトの弟子で、ライトが帝国ホテルを設計する際に同行して来日した。独立後も長く日本に滞在して数々の設計に携わり、モダニズム建築の父とも呼ばれた。吉村順三や前川国男など日本を代表する建築家を育てた人物でもある。レーモンドは毎夏軽井沢を訪れ、滞在中に知り合ったウォード神父に依頼されて、この聖パウロ教会を建設することになった。

見どころは、その建築の見事なディテール

昭和初期の木造近代建築としても貴重な建物。鐘楼や屋根のデザインには、レーモンドの故郷であるチェコの伝統的なスタイルが活かされている。鐘楼には雨水が溜まる仕組みが施され、燃えにくい造りに。建設当初はこけら葺きの屋根だったが、その後の改築で板張りに変更された。

外壁も塗り替えられ、長らく献堂当初とは異なる姿だったが、2018年からの改修工事で当時の姿を復元することになった。かつてはコンクリートを固めるときに使った型枠の木目の凹凸が壁に写っていたことから、今回の工事でもわざと木目が見えるようにした。

教会内部は木造の高い天井が厳かな雰囲気だ。天井部分は丸太をそのままトラスに組んでいて、レーモンドらしさを感じる。木製ベンチはジョージ・ナカシマの作品。小さな教会ながら、パイプオルガンや懺悔室も備えてある。

教会内部には入れないが、敷地内には入ることができるので、ぜひ建物を見て軽井沢の歴史に触れてほしい。また周囲に置かれた数々の像も必見。まず門から入って左側には、天を見上げて祈るイエスキリストの像がある。

入って右手奥には、こどもを抱いたマリア地蔵。素朴な石造りの像だ。
教会の正面、左側の壁には聖パウロ像。この教会の名称にもなっている聖人の一人で、右手に持っている長剣は聖パウロを表すシンボルとされている。パウロが剣で斬首され、殉教したことを示しているものだ。

軽井沢のしあわせの象徴の復活を待つ

聖パウロ教会が軽井沢の住民に慕われている理由のひとつに、結婚式がある。軽井沢の住民を始め、これまで数えきれないほどの恋人たちがこの場所で永遠の愛を誓い、夫婦となった。
コロナ禍で挙式数は激減し、ウエディングシーズンの5、6月は結婚式を自粛する傾向となり、花嫁の姿を見かけることはほぼなくなっていた。しかし初秋になると軽井沢でもウエディングが徐々に行われるようになってきた。この由緒ある聖パウロ教会でも、かつてのように新郎新婦の幸せな姿を見られる日も、そう遠くないだろう。

軽井沢聖パウロカトリック教会
住所/長野県北佐久郡軽井沢町軽井沢179
開堂時間/7~18時(冬は日没まで)*挙式や礼拝中は入堂不可

取材・文・写真=軽井沢新聞社
取材日=11月14日