大きな荷物を持つことなく行ける、週末の日帰り旅。見慣れた街を離れ、視点を変えるだけで、自分でも忘れていた思いやアイデアが浮かんでくることも。ひと時の旅気分を味わうなら、道中ごと楽しめる電車に飛び乗ろう。今回は、片道1時間半以内で行ける日帰りスポットを紹介する。
東京駅から普通電車で1時間半。JR東海道線で唯一の無人駅である根府川駅に降り立つと、まずホームから見る相模湾の美しい眺望に足が止まる。ここから10分ほどシャトルバスで山を登ると、現代美術作家・杉本博司が設計した『小田原文化財団 江之浦測候所』が現れる。
かつてみかん畑だった場所に建つこの施設は、現代美術の展示に加え、継承が困難になりつつある伝統工法の保存や再現を目的に設計された。広大な敷地には、海抜100mに築いた100mの長さのギャラリー棟や古墳時代から近世までの考古遺物、古材で構成された庭園、光学硝子舞台や千利休作とされる「待庵」を写した茶室「雨聴天」など、なんと54もの建築やアート作品が点在している。
この施設の要ともいえるのが、圧倒的な「石」の存在感だ。杉本自身も「建築をはじめ空間を設計するときは石や石造美術品から考えている。石がないと仕事が成り立たない」と公言しているほど、敷地内を歩くだけでも、各建築物や空間が石の存在感を活かして設計されていることが伝わってくる。季節、天候、経年など、行くたびに違う表情を見せてくれる点も自然素材の魅力だ。古代より、神が宿るものとして尊ばれた日本各地の石が、杉本によってここに集められ、未来への遺産になろうとしているーーその歴史に立ち会っているという時の感覚を得たとき、東京から片道たった1時間半で来たことを忘れるほどの壮大なスケールに、心が震えるだろう。
見学は事前予約制で午前の部と午後の部のどちらか、それぞれ3時間の時間制限がある。パンフレットに沿って作品にまつわるストーリーを隈なくチェックするなら、急ぎ足で周らないと見終わらない。行きの電車内で、杉本の回想録「江之浦奇譚」を読んで予習しておくのもおすすめだ。
次に目指すのは、JR青梅線の東青梅駅、木造建築の映画館としては、東京で最西端にある映画館「シネマネコ」。東京駅から中央線に乗ること1時間半、次第にのどかになっていく窓の外を見ていると、いつしか空が格段に広くなっていることに気づく。子供の頃のように、飽きずにただただ窓にかじりついてしまうかもしれない。
電車の余韻とともに駅を出て街を歩くと、ここに映画を求めてやってきた理由が次第にわかってくる。「ローマの休日」「明日に向って撃て」「男はつらいよ」など、邦画洋画を問わず、数々の名作映画の看板があちこちの商店や住宅の壁に掛けられているのだ。実はこれ、本物の看板絵師が、街起こしのために描き続けたもの。最近では学生の作品も加わり、100枚以上もの映画看板が、街を彩っている。
目的地である「シネマネコ」は、そんな街中を歩くこと7分。ここは、旧都立繊維工場だった建物を改修し、東京でただひとつの木造建築の映画館として2021年6月に誕生した。劇場に足を踏み入れると、木の温かさを感じる開放感のある天井に、たっぷりと光を取り込む大きな窓。自分自身も、映画の世界に迷い込んだような、ニューシネマパラダイスのトトさながら、かつて純粋に映画に魅せられたワクワクする心が蘇ってくる。かと思えば、上映室では、最新技術を取り入れた音響設備を完備。最大7.1chまで対応できるサラウンドのドルビー製ステレオで、360度を取り囲むスピーカーによる臨場感ある最高品質の映画鑑賞が体験できる。
映画の街で、映画を鑑賞する。都心のシネコンでのそれとはまた違うこの体験は、ただただ映画が好きだという気持ちを再確認できる、特別なひと時になるだろう。
英語で書かれた案内板、はためく星条旗。どこかアメリカの小さな田舎町のようだが、実はここ、埼玉県入間市にある「ジョンソンタウン」と呼ばれる住宅街だ。
近隣にはかつて米軍のジョンソン基地があり、軍人とその家族用の住宅街があった。基地が返還された後、米軍ハウスは次々と取り壊されていったが、この地に魅力を感じ新たに移住してきた日本人の協力により、復興への動きが生まれる。新しく良い住宅街をつくろうという志のもと活動が活性化し、2009年、この街の名が「ジョンソンタウン」へと改名。今ではさらに多くの人々が集まり、約130世帯が暮らす活気ある街へと生まれ変わっている。
住居のほか、カフェやショッピングできるお店も多く立ち並んでいるので、いつもと違う空間をのんびり街歩きしたいときにぴったりだ。アメリカンサイズのハンバーガーや、アメリカのものを中心に扱う雑貨店、ベーカリー、コーヒーショップ……全てがアメリカンな空気かと思えば、北欧雑貨やイギリス雑貨、餃子店も混在するゆるさがまた良い。アメリカ北部のカントリーサイド・ポートランドに行ったことがあれば、その風景がリンクするかもしれない。
池袋駅から、西武池袋線・入間市駅まで急行電車に乗れば約40分。駅からは少し遠いので、歩き慣れた靴で出かけたい。海外気分を味わえる街歩きは、いつもより歩くスピードを落として、小さな発見を愉しもう。
東京駅から、府中本町行きのJR武蔵野線に乗れれば、乗り換えなしで1時間半の東所沢駅。駅から10分ほど公園や川など眺めながらのどかな道中を歩いていると、突如、石でできた武骨な巨大建造物が現れる。世界的な建築家、隈研吾氏がデザインを手掛けた「角川武蔵野ミュージアム」だ。この唐突さ、圧倒的な存在感は、ぜひ実際に見て感じてほしい。
地上5階建ての建物は、図書館と美術館と博物館が融合する文化複合施設。中でも館の目玉といえるのが1階と4階、5階の3フロアに渡って展開されている、角川ならではの膨大な本のフロア。どこを見ても本だらけ。ジャンルレスな所蔵から自分好みの本を探しだすワクワク感はもちろん、この本棚自体がひとつのアート作品のようなユニークな配架を見るだけでも没頭できる。
建物を出て、ミュージアムがある「ところざわサクラタウン」の敷地内には、隈研吾氏がデザインした神社や、チームラボによる常設展など感性を刺激する見どころが満載。さまざまなカルチャーが詰め込まれたこの場所で何をするか、何に出会うか。その答えは行ってみてこそわかるのだろう。自分の知的好奇心の赴くままに建物内・敷地内を動き回って、今の自分自身の内側を再発見しよう。
RECOMMENDER:
白石 亜希子
Harumari TOKYO編集部