logo

斉藤アリスの東京カフェホッピング

モデル・タレント、最近は「食べログ」レビュアーやカフェライターとしても活躍する斉藤アリスさん。沢山のカフェを観てきた彼女と小誌編集部・稲垣美緒が「本当にいいカフェって何?」を探求してきます。

10

純喫茶の「純」って何? 喫茶店は「古い」だけじゃない。

名曲喫茶ライオン

何気なく使っている「純喫茶」という言葉と「喫茶店」の違いは?カフェはいつの時代も、社会を写す鏡。

アリス:喫茶店と言っているけど、日本では前身がいわゆる「カフェー」ですよね。

稲垣:はい。ですね。「カフェでなく、カフェー」。

アリス:明治の半ばに日本に入ってきたカフェーは「特殊喫茶」とも呼ばれる店もあって、露出度の高いウェイトレスに接客させたり、今で言うキャバクラみたいなサービスがあったりもしました。

稲垣:あ、そうですよね。昭和に入る頃になると、過激になっていったりするお店もあって。それでちょっと行き過ぎたものと区別するために、いわゆる喫茶店、「純」喫茶と名乗り始めたんですよね。

アリス:そうみたいですね、かなり古い話ですけど。

稲垣:実はメイド喫茶の原点はそこだなんて言われてますからね。サロンとしての役割プラス接客サービスみたいに、個性が求められてきた、と。

アリス:だから成り立ちとしては、社交の場として、サロンの役割を担う喫茶店と、娯楽の場っていう意味合いが強い喫茶店が両方あるっていうイメージなんですけど。

稲垣:娯楽?

アリス:この前、昭和元年創業の「名曲喫茶ライオン」に行ってたんですけど、ここは、カップルがデートで音を聴くために3メートルくらいの巨大スピーカーがあるんですよ。

稲垣:昭和元年ってことは、創業100近い! かなり貴重な、「純」が名乗られ始める前のキャラが立ってる喫茶店ですね!

アリス:そうなんですよ。座席も全部カップルシートみたいで、新幹線みたいな並びになってて。二人横並びで座るスタイル。まだ映画館もなかった時代は、若者たちはそんな風にデートをしたそうなんです。

稲垣:大きいスピーカーって雑音も遮るし、二人の世界を作れるんだ(笑)。

アリス:こんな娯楽というかエンタメに振り切った喫茶店もあった、って面白いなぁと思って。しかも今も渋谷にあるってすごいことですよね。

稲垣:へー。ここはデートの場、ということで盛り上がったのか。行ってみます!
でもグレーゾーンにかかるような、怪しい喫茶店もあったんですね。キャバクラに近いような。ダンスホールですら今、風営法で縛られていますけど、喫茶店も元をたどればそんな時代があったんですね。

アリス:1933年に規制ができたことをきっかけに、キャバクラ的な店は「特殊喫茶」、そうでないものは「純喫茶」と名乗り始めたそうですよ。

稲垣:面白いですね。純は純で生き残り、違うものは、特殊飲食店として、ジャンルが分かれて行ったんですね。

アリス:いわゆる社会情勢みたいなバックグラウンドとすごく密接になっているんですよね!ただ、どちらも「社交の場」としてその後、全く違う形で発展していく。

稲垣:本当にそうですね!昭和以降は、いわゆるコーヒーに真面目な喫茶店が「純喫茶」として増えていく。明治から昭和の初めころは結構パンチが効いた、娯楽色の強い喫茶店が多くて。

アリス:うんうん、そのジャンルの分かれ目は、国による規制。

稲垣:戦中はコーヒーが贅沢品として輸入制限されていたので、喫茶店とかそれどころじゃなかったようですが・・・。

アリス:そうですね、そこは歴史が途切れている感じですよね。

稲垣:戦後平穏を取り戻してやっと1950代頃。

アリス:そうそう。個人店が盛り上がって。再び、キャラが立った個性的な喫茶店が増えていったんですね。

稲垣:ジャズ喫茶とか、ロック喫茶とか。

アリス:60年代とか、まさにそのあたりですね!

稲垣:ちなみに音楽を主役にした喫茶店が多かったのは、当時、音楽そのものは娯楽になってきてたけど、家で簡単に音楽を聴く設備が庶民にはなかったからだとか。

アリス:へぇ。なるほど。確かに、そうですね。喫茶店に行って音を聴いていたのか。そこのニーズでさらに、ライオンは求められ続けたんですね。

稲垣:日本経済が発展するにつれて、個人でもそういう設備が持てるようになったから、
だから淘汰されて行って、今はほとんどないらしいですけどね。

アリス:面白い。これ、語ってると朝になりますよね?

稲垣:なります(笑)。そろそろネオ喫茶の話、しましょう。

「喫茶店」の歴史を一部垣間見て、なんだか秘密が少しだけわかってきた。歴史と喫茶店の栄枯盛衰はリンクしているのだ。次回は総集編。斉藤アリスの考える、「ネオ喫茶」。