自宅でも職場でもない、自分が心地良くいられる時間を過ごせる第三の居場所であるサードプレイス。コロナ禍の「不要不急」が何かという議論のなかで、その重要性を感じる人も多い。まだまだ先行きが見えず、不安の多い世の中で、サードプレイスはますます私たちの暮らしに必要なものとなってくるだろう。 ただ「場所」ということだけでなく、心の潤いには必要不可欠である楽しみも提供してくれる複合施設が学芸大学の路地裏に佇むC/NEだ。映画・カレー・クラフトビールに料理教室。 “好き”をもっと能動的に深掘りでき、学べる。ただ楽しい!の一歩先へ。感性をさらに磨き、新しい自分に出逢うことができるだろう。
学芸大学の細い路地裏に現れる緑に囲まれたパステルグリーンの一軒家がある。一体どういう場所なのか、パッと見ただけではわからない。扉を開けてみようか、どうしようかと一瞬躊躇していると「どうぞ!」となかから笑顔で扉を開けてくれたのはここ「C/NE 路地裏文化会館」館長の上田太一さんだ。
「C/NE(シーネ)」はスペイン語で映画を意味する。映画の上映と食堂を軸に、イベントへのレンタル、ワークスペースまでを兼ね備えるカルチャースペースだ。
「元々は名画座・映画館がつくりたいと思っていたんです。早稲田松竹とかギンレイホールのような名画座でありながら、お酒が飲めたり音楽イベントができて、大人が楽しめて遊べる場所。ただ、それはハードルが高かったので、映画と食を軸にしたカルチャースペースをつくることにしました」
C/NEに込められたコンセプトは、上田さん自身が歩んできた映画との歴史から生まれている。こどもの頃から週に一度映画を見る習慣があったという上田さん。高校時代は、恵比寿の「ガーデンシネマ」に通った。ガーデンシネマではミニシアター系の良質な作品が多数上映されており、映画の面白さにどんどんのめり込んでいったという。
「もうすぐ公開になる作品のフライヤーや、近隣のライブハウスの情報など、行くたびにいろんな情報を入手できた。ガーデンシネマに行くだけでいろんなことへの興味や関心が生まれ、世界がどんどん広がっていく……ガーデンシネマは情報発信拠点であり、僕にとって世界への扉だったんです。そういう場所をつくりたい、今度は僕が提供する側になりたいなと」
映画と一口に言ってもその内容は無限。作品によって、音楽・料理・歴史や社会的背景、それぞれ違うさまざまな要素が詰まっている。「ああ面白かった」で終わることなく、気になるものがあると調べたり、勉強をするようになる。その積み重ねが感性を磨くのだ。カルチャーが紡ぐ世界の広がり。そのような体験をC/NEに集う人にも体験してほしいのだそう。
「カルチャーは受け身だと楽しさがわからない。自分から歩み寄って楽しさを取り出す努力しないといけない。面白いものが突然降ってくるわけじゃないですからね。でもちょっと知ってみようかな、というその最初の一歩目を提供していきたいです」
映画上映は週末に開催され、お酒を飲みながらゆったりと鑑賞できるスタイルだ。日本の映画館はお酒の選択肢が少ない。より“大人の遊び場”らしくお酒にはとことんこだわっており、さまざまなお酒を楽しめる。特に、映画を見ながらゆっくり飲んでもずっと美味しいと言われるクラフトビールやクラフトジンには注力している。
日替わりで銘柄が変わるクラフトビール。一押しだという北海道・上富良野のホップを使用した忽布古丹醸造(ホップコタン)は口当たりがまろやかでとにかくフルーティー。これは時間をかけて味わう楽しみがありそうだ。
上映作品は上田さんが過去に鑑賞したなかで心に残ったもの、共有したいものがあるもの、ポジティブなメッセージがあるもの、そしてC/NEにマッチした、じわっと心に染みる物語を厳選。上映後にはその余韻を楽しめるよう、ゲストを迎えてのトークイベントも開催されている。映画のなかのテーマをひとつ取り上げてディスカッションする……カルチャーが生む新しい世界を体感できる楽しいイベントだ。
上映できるそのスペースは、映画館としてだけでなく、レンタルスペースやポップアップレストランとしての顔も持つ。
「最近、仕事をしながらサイドプロジェクトとして雑貨屋をやったり、カレーを作ったりと多面的な活動をする人が増えてきているんですよ。そういう人のためにアウトプットできる場として貸し出しています。ここで何か表現することでファンができたり、仲間ができたり、そうしてその人の物語が繰り広げられていく。それもまるで映画みたいじゃないですか」と上田さん。
ここに集まる人それぞれの人生の物語を映画と捉える。「C/NE」には“映画”にまつわる2つの意味が込められているのだ。
週末のポップアップレストランは複数の物語が進行中だ。例えば「台湾食堂」は元々台湾という国が注目されていることもあり、毎回大盛況。対して「ポルトガルごはん」は最初こそ集まる人は少なかったが、美味しいと評判が広がり今では人気の食堂になっているという。
「最初はお客さんが来なくても続けていくことでファンが増える場合もあります。完成されたものを消費するのではなく、未完成な状態から一緒に育ち、そのプロセスを共有していく楽しさがありますね」。ここにも現在進行形の物語が存在するというわけだ。
ただ食べて「美味しい」で終わりでなく、「次はいつやる?」「来週は何料理?」など能動的な興味を誘発することがC/NEの担っている役割だ。
平日は「sync森カレー」が営業中。食欲を刺激するスパイスの香りとは対照的に口当たりは優しい。ゴロゴロと入った野菜にホロホロと崩れ落ちるほど柔らかいチキン。具だくさんのスパイスカレーはしっかりとお腹と心を満たしてくれる。
万人に愛されるメニューであるカレーだが、スパイスの配合や具の種類、ルーの固さなど作り手によってまったく違う味になる。これもまたC/NEが大切にする物語のひとつの形を表しているものなのだろう。
元々C/NEは、周辺に住んでいる人の利用が多かった。さらにコロナ禍の自粛期間を経て、より地域の人がC/NEを頼りにしてくれるようになってきたという。
「コロナ前までは、住んでいる街と出かける街って違いましたよね。住んでいる街は通勤の利便性だったり、家賃で選んだり、そんなに愛着がない人が多かったように思います。でも外出自粛を経て、住んでいる街に目を向けてもらえるようになった。自分の暮らしている街にも面白いものがあるんだって気づいた人たちがC/NEの門をくぐってくれますね」。
また、地域の人が集まることで、何かあったときにローカルのなかで解決できる、まさに今必要なセーフティーネットの役割も果たしてくれる。
そんな地域の人の声で今年6月、2階にオープンしたのがワークスペースだ。簡易的であるというが、しっかりとディスタンスを保ちながらやるべきことに集中できる空間は家で仕事をすることが難しい人やちょっと環境を変えて集中したい人にはとてもありがたい。登録などは必要なく、ドロップインで好きな時にいつでも利用可能なのも嬉しい。1階では楽しそうなイベントや美味しい料理が楽しめる、という環境もすごく良い。
ここ数年で増えたワークスペースのなかでは、利用者内でのビジネスマッチングサービスなどを行なっている所も多い。でもC/NEは、仕事にただ“便利”“有利”になりそうな、仕事での利害を軸につながるような場所には決してしたくないのだそう。自分が本質的に楽しいと感じるもの、すなわちカルチャーを軸に自然と人が集まり関係性ができあがるような空間にしたいと上田さん。そのため“コミュニティをつくる場所”とはあえて言わないようにしているという。
「コミュニティってこちらがデザインしたり、押しつけられるものではないじゃないですか。カルチャーを介して、自分が楽しい、良いと思うものをお互いに共有し、気づけば仲良くなり、結果的に“コミュニティができあがる場所”を目指したいです」
C/NEは入り口で靴を脱ぐスタイルだ。肩肘張らずに交流を促してくれる要素のひとつになっている。
「元々ここは居抜きで借りていて、前に営業していた飲食店が靴を脱ぐ方式だっただけなんです。でも意外とこのスタイルがC/NEのコンセプトにあっていたんですよね。公民館っぽい感じもするでしょ?」
靴を脱ぐことで得られる解放感は自分の心の動きに素直に向きあえ、心の底からこの空間を楽しむのにちょうど良い。ソファに座っても、床に座っても良い。絶妙に落ち着ける家具の配置はつい誰かと会話をしてみたくなる雰囲気に一役買っている。
家でも会社でもない。飲食店よりももっと主体的に関わっていける場所だ。
「みんなが楽しめて、誰しもが楽しさを提供できるような、ここに来る人全員で運営する街の公民館のような場所でいたいなと思っています」
物語があり、生まれ、育つ。誰もが登場人物となれる「C/NE」の扉をぜひ開けてみよう。
取材・文:森田文菜
撮影:きくちよしみ
住所: | 〒152-0004 東京都目黒区鷹番2丁目13−9 |
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公式WEB: | https://welcomecine.com |
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