豊かな自然を求めて全国から観光客が訪れる十勝。観光の足となるタクシーでは女性タクシードライバーも増えている。運転手歴およそ10年、ガイド歴は15年以上という川原洋子さんに、彼女目線で見たコロナ渦での変化と想いを聞いた。
帯広のタクシー会社・大正交通でドライバーを務める川原洋子さん。以前はバスガイドとして働いていたこともある観光案内のスペシャリストだ。
「コロナは、すぐに収束するだろうと思っていたんです。それがあっという間に世界各国に広がってしまい、率直に『どうしよう……。』という思いでした」
昨年末から決まっていた予約が年明け次々にキャンセルとなり、帯広の街からは人が消えた。JR帯広駅前に行っても、誰も降りてこない。
「一日数千円という売上の中、同僚も皆、意気消沈していきました。毎朝、今日はどうしようか……と、重い気持ちで一日が始まるんです」
そんな中、川原さんの気持ちを変えてくれたのが、お客様からの「どこに行ってもマスクが手に入らない。運転手さん、どこで手に入れているの?」という言葉だった。
「その言葉を聞いて、家族のためにと作り始めていた布マスクを、お客様のためにも作って差し上げたいと思ったんです。すぐ会社に相談し、快諾してもらいました」
川原さんがこれまでに作った布マスクは、幼児用、子供用、大人用3種類で合計350枚ほど。5月1日から、布マスクにメッセージを沿えて、タクシーの乗客に1乗車につき1枚、プレゼントした。
同じ頃、飲食店と提携し、テイクアウトメニューを購入者宅へと運ぶ取り組みも始まった。人ではなく飲食メニューを乗せて運ぶのは初めてのことだったが、走れる喜びを感じたそう。
「宅配でも、お届けする時に直接お客様に会える。お客様の声が聞ける。そのことが本当に嬉しくて。この取り組みのおかげで、私たち運転手が元気と笑顔を分けてもらったように思います」
布マスクのプレゼントも、飲食メニューの宅配も、お客様に大好評だった。特に外食を控えていた人には「お店のメニューが温かいまま食べられる」と喜ばれた。大正交通は、現在も帯広市内の飲食店28店ほどと提携し、宅配を続けている。
車内にはアルコール消毒液を常備し、運転席と座席の間には飛沫防止シートを設置。乗車毎の消毒を欠かさない。「決済方法が増えて現金に触れる機会が減ったのも良かった」と川原さん。現在は、Go to トラベルキャンペーンや、北海道独自の観光支援策「どうみん割」の効果も少しずつ出始めている。
「6月から、やっと観光タクシーの利用が出てきました。本州のお客様の中には『PCR検査、受けてきました』と逆に気遣ってくれる方もいらっしゃいます。十勝には、ガイドブックに載らない絶景スポットも多いので、ぜひ遊びに来てほしいですね」
細やかな気配りとおもてなしでお客様を迎える川原さん。旅先での暖かい心遣いは、十勝の美しい風景とともに忘れられない思い出になるだろう。(2020年9月16日取材)