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特集:ひとりでいるから、ひとりじゃない。

僕たちの自意識はどんどん膨張していく。他者からの、しかも会ったこともない人からの目線を気にしながら生きていかなければならない時代。そんな今だからこそ、「ひとりでいること」が必要だ。夏帆、朝井リョウ、斉藤アリス、夏木マリ、松尾レミ、ヨシダナギ。6人のキーパーソンに聞く「ひとり」の生き方。

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ネットのコメント欄が人生をつまらなくする。【序文】

ひとりでいるから、ひとりじゃない。

最近どうも、スマホを見るのが煩わしくなってきた。

スマホの世界は、自己顕示や自己承認の欲望と悪意に満ちた誹謗と中傷に溢れている。
特に個人が発言出来るニュースやSNSのコメント欄に。

「コメント欄なんてなくしてしまえばいいのに」といつも思う。

僕はニュースを見たいだけだ。
もちろん、そのニュースについていろんな意見を知ることは大事だけど、初めてみた情報のそばにコメント欄がついていると、その情報を自分で評価する前に、いきなり何かの結論を突きつけられたような気がしてうんざりする。

もちろん、コメントがあることで‘楽’になることもある。

今や一億総コメンテーター時代だ。いや、60億?世界中そうなっているのかもしれない。沢山の情報に溢れると、人間の脳はその処理が追いつかなくなる。だから、考える間もなく、さっさと結論や評価をくっつけて自分の中にたまり続ける不確かな情報に何らかの意味や価値をつけることで早く処理したくなる。

善いことか、悪いことか楽しいことか、つまらないことか。
それらを自分で判断する前に、誰かの評価を参照することで片付けてしまう。

ただその評価は必ずしも然るべき立場の、その情報にコメントをするに値するような知見のある人のコメントとは限らない。むしろ、井戸端会議、居酒屋の雑談の域を出ない無邪気な発言の方が多いのではないかと思う。

井戸端会議や居酒屋トークが悪いわけじゃない。でもそれは、井戸端や居酒屋という然るべき場所でやって欲しいとは思う。

ネットの世界ではそこの境目がなくなってしまったのではないか。
2ちゃんねるの全盛期は、逆にそうではなかった。情報の一方的な発信の場と、ゆるいコメントの集合の場は分かれていた。ブログにコメント欄はあったけど、今ほどの拡散力はなかったように思う。「トラックバック」って懐かしい。

ちゃんと自分で考えたいのに。ちゃんと自分で選択したいのに。

その煩わしさだけならまだしも、もっと深刻な「空気」もある。

スマホの世界はとにかく「否定」に溢れている。炎上やら、ヘイトスピーチやらの攻撃。旧来の営みを「古い(=イケてない)」価値に貶める発言。

なんだよ、アップデートって。

なぜにこれほどまでに否定に溢れているのだろうか。その理由を論理的に説明することが難しい代わりに、直感的にスマホから距離を置く人が増えている。

少し冷静になって、スマホから距離を置いて、世界を、自分自身を見つめ直す時間が必要なんじゃないかと思う。人間は社会的動物だからひとりでは生きられない。という前提があるけれど僕は、この前提の奧に、もう一つの前提があるように思っている。

人間はひとりで生きたいから、社会的動物なのだ。

社会性のある環境を生きながら、それと同時にひとりでいる時間を持つことが必須の動物なのではないか思うのだ。

今回の特集テーマは「ひとりでいるから、ひとりじゃない。」

ひとりの時間とひとりじゃない現実世界との折り合いの付け方について考えてみた。時代を代表する6人のキーパーソンが語る「ひとり」について。そしてネットの現実世界との向き合い方について。6人それぞれの「ひとり観」は、僕らの日常のヒントになる金言ばかり。ぜひ、すべての方の語りを読んで、考えて、選択してもらえれば嬉しい。