上杉謙信女性説を独自の視点で描く、ユニークな歴史作品。作者は人気漫画家・東村アキコ。強くて愛すべきヒロインと、新しい漫画表現の仕掛けが織りなす、見たことのない大河ロマンに感動すること間違いなしだ。
「今回紹介するのは『雪花の虎(ゆきばなのとら)』。東村アキコさんが描く時代物です。東村アキコさんといえば『東京タラレバ娘』など実写化された作品も多いですが、これも映画かドラマになりそうな予感!」(ぴんこ)
希代のヒットメーカー・東村アキコによる『雪花の虎』は、自身初となる歴史漫画である。
「これは戦国時代のお話でして、戦がとても強くて“軍神”と呼ばれた上杉謙信が、実は女性だったら、という作品なんです。新選組の沖田総司が女性という設定の『幕末純情伝』や、『ベルサイユのばら』など、まぁ昔からあるパターンといえばそうなんですが……」
「でも、この謙信=女性の設定は、東村さんが勝手に作ったワケじゃなくて、昔から語り継がれている歴史上の“噂”なんです。そこがまた興味を惹かれるポイント!」」
毘沙門天の化身と呼ばれた戦国最強クラスの武将・上杉謙信が女性だったとは。突飛に聞こえるが、この説を信じてみたくなる事実や逸話は決して少なくないようで。
「たとえば、謙信が幼少時代を過ごしたといわれるお寺に所蔵されている肖像画の顔が、ふっくらして女性に見えるというのもそのひとつ。他にも、謙信は大きな戦の最中でも、1ヵ月のうち1週間くらい兵を引いてお堂にこもることがよくあったと言われています。信心深くお経をあげていたとのことですが、実はそれが生理の期間だったんじゃないかと・・・」
作中には上杉謙信といえばコレ、というあの有名なエピソードも出てくる。
「合戦真っ只中に、武田信玄が塩不足で困っていたときに塩を援助したという、いわゆる『敵に塩を送る』の元になった逸話。これについて東村さんは『女性ならではの気遣いなのでは?』と推測していたり」
「言われてみれば、男性の場合戦争中にそんな細やかな気配りを敵に対してしないんじゃないかとも思います。でも、誰も実際に生きていたわけじゃない時代の話だからこそ、夢やロマンや、妄想がどこまでも無限に広がりますよね!」
「歴史物なので、重々しい部分ももちろんありますが、随所にいい感じで東村さんならではのテイストが入ってます。軽妙なジョークとか、おっちょこちょいな側近キャラとか、コメディタッチなところもありつつ、すごく現代的で軽やかに進んでいくのがさすが!」
「もうひとつ面白いのが、ちょっと難しい歴史の話をするときに、画面が上下二分割になるんです。上はガチンコの歴史語りで、下には東村アキコさんが出てきて、難しいのがわからない人は、こっち読んで〜って軽やかに案内してくれます」
複数ページにわたって、上と下に分岐して歴史解説が並行する「アキコのティータイム」は、実に画期的な手法である。
「私も歴史は詳しくないし、『この戦いがあった頃、織田信長は京都で……』とかいわれてもワケわかりません。でも、この新しいスタイルで、難しいところを飛ばして読めます。歴史が苦手な人でも安心です! そしてその後の話がわからなくなることもないので大丈夫!」
そんな表現上の工夫のもと、ストーリーは展開していく。男児を待ち望んでいた長尾家に生まれた女児は、虎千代(謙信の幼名)と名付けられ、父の意向で“姫武将”として育てられることになる。
「歴史がどうこうっていうのだけじゃなくて、女性が主人公だからこそ、感情的な部分も描かれていているのがいいですね。謙信の民衆を率いる力は男勝りですが、その根底には女性らしい深い愛や優しさがあって、でも葛藤や苦悩もあって……という様子がリアルで心にしみます」
歴史書のうえでは淡々とした史実も、東村アキコの新解釈でドラマチックになる。
「こんな戦国の世を生き抜くなんて、それだけでも大変なのに、しかも女性が先陣を切るなんて相当な覚悟がないと無理! 私は謙信を見て、いつも何かをリマインドされているような気持ちになります。感動する家族愛だったり、もどかしい恋の心情描写もあったり。すごくたくさんの要素が詰まっているので、感情のいろいろな部分が揺り動かされるような作品です」
人気漫画家の意欲作『雪花の虎』、まだの方はぜひ手に取ってみて。
取材・文:中山秀明
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