ふだんの暮らしの中で「なぜ生きたいのか?」なんて、まず考えない。だからこそ、死と隣り合わせの戦国物語を読みながら、たまにはそんな思索を巡らすのも悪くない。自分にとって何が大事なのかが浮き彫りになる気がする・・・過酷な運命を背負った少女が成長する姿に、心揺さぶられることまちがいなしだ。
「前回の『雪花の虎』に続いて、戦国時代を描いた漫画です。上杉謙信の少しあとの時代ですね」(ぴんこ)
今回紹介する『レイリ』は、『寄生獣』の岩明均が原作で、『秋津』の室井大資が漫画を手がける大物コンビの作品。漫画好きの中にはご存じの方も多いかもしれない。
「武将たちが少しでも自分の手柄を認めさせるために、道すがらの村を襲って、何の罪のない人たちの首を持って帰る、という行為が戦国時代にはよくあったそうなんです。主人公のレイリはそれに巻き込まれて、目の前で両親と弟を殺されてしまった女の子です」
導入だけですでに、壮絶な話になりそうな予感しかしない。
「レイリはそこからただひたすら自分が死ぬこと、その瞬間だけを生きる糧にしていく。家族が殺されたときに、両親や弟が自分の盾になって死んでしまったから、自分も誰かの盾になって死んで、家族の元に行きたいという思いがすごく強いんです。とても倒錯した復讐心を持っていて、その価値観がすでに壮絶」
「で、とにかく強くなるために稽古をしまくって、レイリは無敵の戦士になります。めちゃくちゃ強い! そんな風に強く成長したレイリはあることがきっかけで武田家に拾われて、信玄の孫の影武者をすることになります」
そんなレイリにとっての“生きる意味”が、物語を通じて少しずつできあがっていく。
「最初のうちは自暴自棄になっているんですが、いろんな人たちとの出会いがあって、だんだんレイリが変わっていきます。死ぬために誰かを守るんじゃなくて、『失いたくない大切な人がいて、自分も死にたくない』って思ったときに、身を挺してでもこのひとを守りたいと思える。という死生観に変わっていくんです」
死を恐れなかったレイリが、本当に守りたいものができたときに、初めて死が怖くなり、生きたいと思うようになる。そしてその想いを持ったレイリは、更に人として強くなるのだ。
「時代は戦国だから、その過程がとっても切なくて。大好きな人が、正義のために次々と死んでいく。逆にまた自分は守られた。また私だけ生きた。そんな思いの中で少しずつ成長していく様子がたまらない! これは泣けます! とにかく私は泣きました。むしろ、ちょっと声出して泣きました」
作中では数々の名シーンとともに、レイリの心の機微がわかりやすく描かれている。
「漫画はすでに完結していて、そんなに長くない全6巻というのもちょうどいい。またラストがいいんです! 終わり方も、作者からしたら『してやったり』って感じでしょうね」
小山ゆうの『あずみ』など、重い過去を背負った女性を描く歴史漫画は、絵になりやすい。
「やっぱり時代物に女性の主人公って、けっこうハズれないですよね。これで主人公が少年だったら、私たぶん読んでないと思う!」
ということで、『レイリ』は女性におすすめの作品なのだろうか。
「前回の『雪花の虎』は、読者が女性だったら共感するシーンがかなり多いと思います。人質として、子どものうちから政略の道具として結婚させられたりするわけじゃないですか、戦国時代って。今と比べてずっと不条理な世界に生まれた女の子たちが、どう生きるか。彼女たちの心情は、女性ならわかる気がするし、男性なら意外に感じることもあるかもしれませんね」
「いっぽう『レイリ』は、あんまり男女は関係ないかな。女の子だからっていうよりは、辛い過去を背負った人間がどう変化をしていくかが主軸に描かれているので」
では岩明均の名作『寄生獣』ファンはどうだろうか。
「今の時代なら誰もが死にたくない、生きていたい、ここにいたいと思うのが当たり前ですが、『レイリ』では、なぜ生きたいの? なぜ死にたくないの?と、あらためて考えたことのない問いをずっと目の前に突きつけられているような気持ちにさせられます。『寄生獣』もこれに近い問題提起がありましたし、ファンの人は読んでみると面白いでしょう」
他におすすめできるのは歴史が好きな人か。
「もしこの時代に自分が生きていたら、何をするだろう? 武将たちの血で血を洗う戦いに巻き込まれていたのか、それとも全然関係ない町娘だったのか……。そんな感じで自分のポジショニングを探す面白さがありますよね」
「でも戦国とか戦争を描いた漫画って、それ以外の惹かれるポイントがないとなかなか手がでないんです。私みたいにそんなに歴史も戦いも好きじゃない人にとっては。その点、『レイリ』には一本通った線があります。歴史に詳しくなくても歴史ものが好きじゃなくてもこの作品には魅かれる、つまり誰が読んでも面白いはず!」
結論、皆さんにおすすめの『レイリ』。ひとりの少女の成長絵巻を、ぜひその目でご覧あれ。
取材・文:中山秀明
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