人間になりたい雷神と、仕事に疲れたリーマンが、ワンルームで一緒に暮らす。パッとあらすじを聞いただけでは何の話かよくわからないが、これがまた深い。笑いの中に人生の素晴らしさを織り交ぜた、人間賛歌なのだ。
「今回は『雷神とリーマン』という漫画です。もともとWEB上で公開されていた漫画なので、これまでの作品と比べると毛色が異なるかもしれないですね」(ぴんこ)
WEBコミック『くろふねピクシブ』で連載されている『雷神とリーマン』。現在では紙のコミックスとしても4巻まで販売されている。
「サラリーマンの大村は、ゲイっていう設定です。恋愛要素はあまり描かれていないので、あくまで設定だけですが。そんな大村は毎日、社畜のように頑張っているんですが、ある日家に帰ってくると、なぜか雷神がいるんです。雷神って、要は雲に乗ってて、輪っかになった太鼓を背負ってるあれです」
「で、この雷神がなんで現れたかというと、神でいるのが嫌になって、人間になりたい!っていうんです。言葉で説明すると突拍子もない展開ですけど、そこは漫画なので、意外にもすっと世界観には入っていけますので安心してください」
一人暮らしのワンルームで生活する大村のもとに、雷神の雷遊が転がり込んでくることから、物語は始まる。
「大村からすれば『は?』っていう感じですよね。最初は『お前誰だよ!出てけよ!』とドタバタしたコメディータッチで描かれていきます。雷遊は神なので、永い時の中であるときは鳥だったり、あるときは恐竜だったりと、姿を変えながら生き続けているんですが、初めて人間の世界に入って、高校に通うことになります」
永遠の時を生きる神と、人間との愛の話。以前この連載で紹介した『トッケビ』の男同士バージョンといったイメージだろうか。
「雷遊と大村はお互いに好きになっていくんですが、それは恋愛というよりは、異種交流といえるでしょう。そもそも神と人間ですし。お互いを認め合っていくという感じですね」
「この奇妙な共同生活を続けていくうちに、雷遊はだんだん人間について理解していきます。儚い生き物だと思っていたけど、実は人生というのはこんな素晴らしいものなのか!と。これを素直な気持ちで表現してくれる、その言葉が深くてとても良いんです」
意義もなく生き続ける自分と、命に限りがある人間。神だからこその人間への憧れは、考えさせられるものがある。
「ふとした瞬間に出る雷遊の神としての言葉は、とても感動的! 大好きな人は死んでしまい、自分だけ永遠に生き続ける……神と人間のストーリーならではのあの切なさが、ひしひしと伝わってくるワードがたくさんあります。『俺は人間じゃないから、どんなに近づいてもそういう営みの中にはいられないんだ』と悟る雷遊の心情に思わず涙」
「逆に雷遊の言葉で、人間って尊いなと思うシーンもたくさん。自分たちが悩んだり怒ったり泣いたり、そういうネガティブな部分も、感情が揺さぶられること自体がそもそも生きているっていうことだから、素晴らしいんじゃないか! という気持ちにさせてくれます」
雷遊は人間からの目線でいえば、全知全能で感情を知らない、ある意味で悟りの境地を開いている状態のようなもの。そういう“上の次元”から人間を見ると、また違った解釈がある。
「日々の生活の中で忘れてしまいがちな小さな幸せやうれしい気持ちを、神目線から再認識させてくれます。『そっか、これって幸せだよね』とか『わたし人間でよかった~、明日からまた頑張ろう!』という気持ちになれます。コメディ漫画でありながらも私はなぜか何度も涙が出ました」
感動や幸せの沸点が下がると、人生はもっと楽しくドラマチックになる。
「もちろん雷神という存在が人間界で生きることや、急に高校に行くことになるドタバタ劇は、しっかりコメディーです。そんな笑いの要素の中に、さっき言った『真理』が突然放り込まれるギャップが心地いいですね」
男同士の物語だからといって、そこまで構えなくて大丈夫。恋愛というより、それを超越して“人間”について描かれているのが『雷神とリーマン』なのだ。WEBでも紙でも読めるので、お好きなフォーマットでどうぞ。
取材・文:中山秀明
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