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渋カフェめぐり in 中目黒&代官山

雰囲気のいいカフェは沢山あるけれど、雰囲気だけに流されている自分に我に返ることもある。コーヒー・空間・ホスピタリティ。作り手たちのこだわりに溢れた“渋い!”カフェを見つければ、カフェがもっと好きになる。

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コーヒー愛に目覚めた元教師が作った、陽だまりのようなカフェ

私立珈琲小学校

コーヒーと出会い、人とつながっていった、味わい深いコーヒー人生。元教師のオーナーが豆のセレクトから空間づくりまでこだわって作るカフェは、地域の人が気軽に集まる‘校庭の陽だまり’のような場所だった。

元小学校教員の先生が淹れるコーヒー

たどり着くと、なんて瀟洒な校舎。奥にはアートギャラリーがあって、その展示を教室から眺めることができる。

出迎えてくれたのは、代表の吉田恒さん。校長先生ということだろうか。さまざまなナゾをぶつけてみた。まず、ユニークなネーミングの由来は?

「僕の前職が、小学校の教員だからです。名前は、立ち上げる際にお世話になった方々から、『自分の過去を否定しないほうがいいよ。先生のコーヒーを飲みに行くっていうのが、合言葉になる名前がいいよ!』って背中を押していただいて・・・。あ、昔の名残で僕、先生って呼ばれてるんです」(吉田さん)

吉田恒“先生”

東京に生まれ育ち、大学卒業後は小学校の教員に。2014年の3月いっぱいまで、21年間教壇に立った吉田さん。黒板とチョークを、豆とコーヒーカップに持ち替えた背景にはどんなストーリーがあったのか。

「教員はやりがいのある仕事です。楽しくもありました。ただ、時代とともに教師の立場や環境が変わることで、次第に疑問を感じるようになったんです。というのも、たとえば僕のことを嫌いな生徒がいても教員には給料が出ますし、基本的に収入に変動はありません。安定した職業です。一方で、食べ物屋さんって自分が作った料理の善し悪しでお金を得る仕事。もともとそれはすごいと思っていましたし、もっと自分への対価が目に見える仕事をしたいと思ったんです」

お店のメニューは、さながら出席簿のよう

昔から、食べ歩きが好きだった吉田さん。その中で、特に素敵な世界だと思ったのがコーヒーだったとか。甘みがあったり、苦さにもバランスがあったり。まるでコーヒーじゃないような、これまで飲んだことがない、でも芳しいコーヒーとの出会い。そんなおいしい記憶が積み重なり、コーヒー人生に惹かれていった。

「辞めて半年間は、食の専門学校のカフェオーナーコースで学びました。並行して物件探しもしていたんですが、なかなか見つからなくて。そんなときに出会ったのが、専門学校の友人に教えてもらった中目黒『マハカラ』のオーナー。最初はお客さんとして行ったんですが、すごく面倒を見ていただいて。そのころ一時的にクローズしてた池尻大橋のマハカラ2号店をリニューアルするタイミングで、再開までの約半年間、自由に使っていいよと。それが僕のスタート。2015年の4月です」

当時、“いいお店とは?”を四六時中自問自答していた吉田さん。その答えを教えてくれたのも、「マハカラ」だったという。

「マハカラ」はいか玉焼きと、串カツのお店。近くに系列店「うれしいプリン屋さんマハカラ」もあり、「私立珈琲小学校」ではそのプリンも提供している

「コーヒーを入れる技術や料理のおいしさ。それももちろん大切です。でも、僕はそれ以上に心地よい接客や雰囲気で、素敵な世界観をつくっているのがいいお店だと思いました。会いたくなる人がいて、働き手もお客さんも気持ちよく過ごせる空間ですね」

多くの出会いが紡いだ、珈琲小学校の新学期

吉田さんにはほかにも、刺激的なできごとがあった。いい店とはどんな店なのかと考えている時に巡り会った「自由大学」。そこで行われていたクリエイティブ都市学という講義だ。

「ざっくりいうと、クリエイティブに生きるとは、を一緒に考えません?っていう内容。その都市のモデルが米国・ポートランド。近年のコーヒーカルチャーの聖地でもある街です。サードウェーブの火付け役といわれる『スタンプタウン コーヒーロースターズ』の創業地ですし。しかも、講義のゲストには日本で唯一同店の豆の正規取扱店である『パドラーズコーヒー』の松島大介さんが登壇するという豪華さ。めちゃくちゃ感銘を受けて、参加していた人たちと米国現地のキャンプに行こうと決めました」

旅程は2週間。日本からの参加者は、吉田さんのような開業希望者以外にもさまざま。今でも交友があるというが、アメリカ人との熱い親交も生まれた。

旅程は2週間。日本からの参加者は、吉田さんのような開業希望者以外にもさまざま。今でも交友があるというが、アメリカ人との熱い親交も生まれた。

「『クーリエ コーヒーロースターズ』のジョエルさん。僕のコーヒーの師匠ですね。『あなたの焙煎した豆を日本で売りたいです』っていう話をしたら、彼はこう言ったんです。『僕の豆を君に送ったら、送料がかかって売価が高くなる。それじゃ君もお客さんも幸せにならない。同じ生豆は君でも手に入れられる。僕が焙煎もブレンドも淹れ方も教えるから、それで君が売ったほうがハッピーになれるよ』って。すごく感動しました。たまたま彼の奥さんが日本人で、今でも来日すると寄ってくれるんです。それもすごくうれしいですね」

吉田さんの師匠の店「クーリエ コーヒーロースターズ」の豆

池尻大橋での限定開校を終えた吉田さんを救ったのも、サマーキャンプでの出会いだった。

「“旅するコーヒー屋”と銘打って、出張コーヒーをふらっと続けていました。でも、なかなか安定しなくて大変でしたね。そんなとき、キャンプ主催者だった小柴美保さんという方が手掛ける中目黒のコワーキングスペース『みどり荘』の、週2回のランチミーティングに呼んでいただけることになりまして。そこで、小柴さんがいろんな人に僕の仕事をどんどん紹介してくれたんです」

良縁は「みどり荘」だけではなかった。キャンプの参加説明会で、たまたま隣に座っていた女性。雑談する中で彼女がコーヒー好きということがわかり、池尻時代にも来てくれていた。しかも限定開業だったことを気にしてくれ、とある人を紹介してくれることに。それが、現「私立珈琲小学校」に併設しているギャラリーのオーナーだった。さまざまなつながりから、2016年7月に改めて新規開校となる。

人の温もりに満ちあふれる味わいと空間

「私立珈琲小学校」は、とにかく人の温もりであふれている。コーヒーにも、フードにも、器にも、空間にも。たとえばコーヒーは、吉田さんが大好きな4つのロースタリーの豆を仕入れて淹れている。

ハンドドリップはペーパーのほかに、師匠が使っているメタルフィルターも使用

「この近所ですと『オニバスコーヒー』、『カフェ・ファソン』、『オブスキュラ コーヒーロースターズ』。あと清澄白河の『アライズ コーヒーロースターズ』ですね。コーヒーの味はもちろん、彼らの人間性も大好きで。それらの豆を使い、僕なりの淹れ方で提供しています」

ドリップコーヒーは400円(税込)。左は現在ギャラリーで展示している作品のイメージを表現して吉田さんがブレンドしたもの。右はエチオピアで、フルーティかつ余韻がきれいな味わい

コーヒーカップを、器作家である友人の奥さんに特注して作ってもらったり。今は成人となった、教え子の兄弟が手掛ける「フタバベーカリー」のグラノーラを仕入れたり。中目黒のベーカリー「タバーン」をはじめ、お気に入りのパンを販売したり。

スイーツでは毎週、お菓子屋さん「あいこうけいこ」から転入生として新たな仲間がやってくる。これは展示アートに合わせ、“構築とpeacefulな破壊”をイメージしたミルフィーユと紅玉のソテー600円(税込)

ラテには「オニバスコーヒー」の豆「ステップ」を使用。「オニバスの坂尾君のエスプレッソって、ミルクを入れるとさらに力を発揮するんですよ。コクの奥に豊かな甘みがあって、すごく好きです」(吉田さん)

「独り占めしたくない」と吉田さんは言う。コーヒー好きなお客さんが来たら、自分のお気に入りのお店をどんどんオススメし、WiFiを使いたいという人がいたら「あそこのカフェなら使えますよ」と紹介する。それは開校までの出会いや、師匠の言葉がさらにそうさせているのだろう。いろんなおいしさを知れるけど、この小学校で一番学べることって、道徳なのかもしれない。

取材・文:中山秀明
撮影:山本恭平