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東京・夜こそ行きたいカフェ事情

飲みに行った帰りや時間つぶしでなく、敢えて、夜こそ、「カフェに行く」予定を入れたい。そんな魅力的なお店が東京に増殖中。さぁ、夜カフェしに、わざわざ、出かけましょう。

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呑めない人が夜な夜な集う語り場。夜カフェ「喫茶ワンデルング」

喫茶ワンデルング

今晩、予定なし。帰ってもどうせひとり。酒が呑める人はいい。酒場に行けば、話し相手なんてすぐできて、帰る頃には身の上話を交わす仲。呑めない人には無縁の世界? いや、「喫茶ワンデルング」があるじゃないか。そこは呑まない人の夜の語り場。

酒が呑める人が羨ましい。バーでも立ち呑み屋でも、そこらへんの店に入ってちょっと飲めば、いつの間にか気持ちよくなって隣りの客と語り合っているのだろう。でも呑めない人はどうすればいい? さすがにコーヒースタンドでひとり本を読んでいる人にズケズケと話しかけるわけにはいかない。

そんなに呑まない・呑めない人の拠りどころ、それが夜カフェ「喫茶ワンデルング」だ。西荻窪駅南口を出て1分。右にも左にも小さな居酒屋が密集する西荻きってののんべい横丁・柳小路。そこに紛れて建つ、やや他と異なる様相の店が今宵の目的地。

開店時間は20時。ドイツ文学を代表するヘルマン・ヘッセの詩の一部が書かれた小さな窓から中を覗くと、一度席を立たなければすれ違えないほど狭い一列のカウンターが見える。立ち飲み屋やバーに縁がない人間にとっては、ちょっと憧れの光景だ。

「あ、すいません……」。中に入り、身をよじりながらなんとか席に着くと、目線の先にはちょうどマスターの顔がある。その視界も立ち飲み屋っぽい。 “飲み屋慣れ”していないのでやや気恥ずかしくなり、視線を逸らそうと横を向けば今度は隣の客——近い。だがこの距離感こそが喫茶ワンデルングの醍醐味だ。自然と挨拶を交わす。呑めなくてもいい、夜のコミュニケーションの始まりだ。

あまりにも“飲み屋っぽい”装いに本当に酒が呑めなくてもいいものかと心配になるが、メニューの一番上にはハッキリと「コーヒー」の文字。目線を下にずらしていくとコーヒーフロート、クリームソーダ、ホットミルク。大丈夫、喫茶店だ。

ワンデルングは曜日によってマスターが変わる。金曜日はオーナーのひとりである横田さんが奥さんとともに店に立ち、別の曜日にはインディーズのバンドマンだったりデザイナーだったり、映像クリエイターだったり。各曜日のマスターのほとんどは昼間は別の仕事をしている。かくいう横田さん自身も、編集や企画を行う会社の代表であり、奥さんはマッサージ師の顔を持つ。

背景がある人には独特の味がある。毎日メニューは同じ、この場所がワンデルングであることに変わりはないはずなのに、カウンターに立つ人が変われば店の空気も変わる。呑めないひとにとっての選択肢はそれほど多くない。だが曜日によって違う空気が味わえるなら、ワンデルングひとつで7軒分。十分だ。

メニューには酒の名前もいくつかあるが、遠慮なくそれは回避させてもらって、一杯目は「クリームソーダ」(650円 税込)。隣の人と乾杯させてもらうのもいいし、目の前でゆるゆると呑んでいるマスターとでもいい。「今日仕事でこんなことがあってね」。他愛ない会話を始めよう。

マスターたちがそうであるように、ここに集まる客もなかなか個性に長けている。ライター、編集者、デザイナー、音楽関係者……。カルチャーに情熱を注ぐこの街らしい客たち。独自の世界観からか、この距離感からか、恋愛相談や将来の話など会社の同僚や友人には話さないような、ちょっとプライベートなことまで自然と口にしてしまう。酒が呑めなくても、ワンデルングは夜の語り場になる。

気づけばグラスは空っぽ。二杯目は店自慢のコーヒー(500円 税込)にしようか。

ポタポタと、実に丁寧にコーヒーを淹れてくれる。この場所はかつても夜の喫茶店で、オーナーの横田さんはもともとその常連だった。夜にしか店を開けないのは「前の店を受け継いでいる」という思いがあるから。呑む客ももちろんいるが、バーにも呑み屋にもしない。あくまでここは「喫茶店」であり続ける。断固、【酔っ払いお断り】なのでご安心を。

ちなみに金・土・日に訪れたなら、週末限定・喫茶店の王道メニューの「ナポリタン」(800円 税込)はマスト。シャキシャキとした食感を残すために「ピーマンは、あと乗せ」がちょっとしたこだわりだ。今さらだが2階にも席がある。静かに過ごしたいときはそこに篭るのもいい。ときどきライブや展示、ポップアップショップも行われているらしい。

カウンターに座ったら嫌なことは忘れて、隣の客とマスターと、愉しく語り合おう。次に会う約束を交わすことはない。でももしまたここで会ったら、そのときはよろしく。喫茶ワンデルングは、呑めない・呑まない人の“行きつけ”。

 

 

取材・文 : RIN

撮影:きくちよしみ