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ヨシダナギ流 積極的他力本願のススメ

フリーペーパー特集「ひとりでいるから、ひとりじゃない。」のスピンオフ企画。誌面では語りきれなかったヨシダナギさんと小誌編集長・島崎昭光との対談をフルバージョンでお届けします。

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私は私に合う人を知っている

ヨシダナギの拾われる力

自分が無力だと思うからこそ、積極的に人と関わりながら「やりたいこと」を実現していく。ヨシダナギ流・積極的他力本願の秘訣について。

島崎:著作『ヨシダナギの拾われる力』の主題には「拾う人」と「拾われる人」という関係性があるのですが、この「拾われる」という部分に関して、僕の率直な感想としては、ナギさんの場合は拾われるというよりも、拾われに‘行っている’。待つのではなく、積極的にアクションを起こしている印象を感じました。なかなか僕らは、そこまで踏み込めていない部分がある。上手く拾われる方法ってどんなことでしょうか? 拾ってくれる人の見極めができると書かれていましたが、それは直感的なものですか?

ヨシダ:直感的って言ったらそれまでなんですけど。私は、「私に合う人」を知っているんだと思います。私を拾う人の統計を取り続けた結果、こういう人が拾う傾向にあるなって。だからそういう人を見つけたら、そそくさと近寄っていく(笑)。

島崎:ちなみに、そのタイプってどういう傾向なんですか?

ヨシダ:B型の男性(笑)。

一同:(笑)。

ヨシダ:いや、本当に恐ろしいことに、全員がB型だったんですよ。

島崎:ちなみに、マネージャーさんはB型ですか?

マネージャー:Bです。

一同:(笑)。

ヨシダ:これも統計に当てはまったケースです(笑)。

島崎:B型の人って、人間関係の距離の置き方が独特といわれますよね。

ヨシダ:はい。B型の男性って、特に私に寄ってくる男性っていうのは、嘘が下手。あとB型の男性も女性も、気に入った人に対してのフォローアップが凄いんですよ。お世話焼きというか。私がどんなに冷たくあしらっても、結局は全てやってくれるっていう。

島崎:凄いですね。いいな。僕もそういう人周りに欲しいな。

ヨシダ:あと私は結構口が悪くて、冷たいことを言ってるつもりじゃないんですけど、傷つけてしまうことがあります。そういうサバサバした発言を、B型の人はあまり気にしないということが多い。だからA型やO型の繊細な人たちだと傷ついてしまうかもしれないんですけど、B型がちょうどいい(笑)。

島崎:ちなみに、年齢でいうと?

ヨシダ:絶対に年上です。キミノ(マネージャー)が珍しいくらいで、もう大体お世話してくれる人は、お父さんよりも上の人だったり。何かしら仕事で助けてくれたり、拾ってくれたり。

島崎:やっぱり、そういう時にススッと寄っていくのって大事ですよね。本では愛嬌のお話もされてましたけど、あまり深刻な顔をして「助けてください」っていう話でもないですもんね。

ヨシダ:「拾ってください、助けてください、困ってます」って人から言われたら嫌じゃないですか。私も嫌なので。だから私はあまり話術がある方ではないので、出会ったら、とりあえず笑っておきます(笑)。自分が動物とかに興味が無かったとしても、雨に濡れた仔犬が自分の足下で、ずっと自分だけを見て目をウルウルさせてたら気になるじゃないですか。たぶんその手法だと思うんですよ。とりあえずあなたに対して何かを感じてるっていう想いが通じれば、嫌でも拾ってくれるというか、気にかけてくれるのかなって。

島崎:なるほど。少し話は戻りますが、ナギさんはあまり他人に興味が無いというか、周りに対して「いいな、うらやましいな」っていう感情になることが無いように感じます。実際、どういう風に周りを見ているのかなと。

ヨシダ:他人の事は多少は見ているんですけど、あまり身近な人とは比べないようにしています。身近な人と比べると、それこそ妬んだり、蔑んだりすると思うんですよ。私は、歌が凄く下手で音痴なんですね。お経レベルなんですけど(笑)。でも、知り合い、友だちレベルと比べると「私とさほど変わらなくない?」って思っちゃう時もあるわけで。それが嫌なので、とことん上の人と比べます。安室奈美恵さんとかジョン・レノンとか。そうするとあまりにも上だから、「あの人に比べたら確かに私って音痴だよね」って(笑)。中途半端なレベルの人とは比べないで、上と比べたら私はダメかなってくらいで悲観しない。

島崎:普通の人は、近視眼的に目の前の人と比較しちゃうじゃないですか。でもナギさんは、あえて見ない心の強さがあるんですね。

ヨシダ:身近な人と比べると、自分が醜くなる気がするんですね。身近な人を褒めてる分にはいいと思うんです。でも、他の女の子が身近な子を蹴落として笑ってる感じがすることがあって、すごくブスだなって思うんですよ。あれにはなりたくない。そういう人に、人は寄って行きたくないと思うんです。人間的に好かれない気がして。だからそうならないようにするには、身近な人と比べない、悪口を言わないことを生活に取り入れたほうが日々が幸せだなと。誰かと比べて自分を優位に立たせようとするから醜く見えるわけであって、それを止めたら生きるのも楽になるんじゃないかなって。

島崎:その発想を持てたら素敵ですね。よく女子たちだと学生時代にスクールカーストがあって、ある種のランク付けをされているじゃないですか。そこで一喜一憂したり、何なら人生を左右するくらいの心持ちでいる子たちがいる。冷静に考えればそこから一歩引けばいいだけなんですけど、泥沼にハマっていく子たちもいる。そういう子たちに何て言ってあげたいですか?

ヨシダ:あれは冷静に「醜いぞ」って言ってあげる人たちがいないとダメな気がして。私は小学校の時から、そういう場にいることがダメで共感ができなくて。「可愛い」って言われても、自分が可愛いって言って欲しいと思ってることが透けて見えてしまう。「可愛い」って言ってるものはほぼ可愛くないし、なんで自分の感情をみんな言わないんだろうっていう感覚があったので。でもそれに反論する子が潰されるのもおかしいと思います。ただ、醜いところにずっと居続ける必要も無いから、そういう人は無理して中に入る必要は無いんじゃないかな。

島崎:僕らの時ってそういうこと無かった気がするんですけど。今の二十代から三十代の人たちはそういうのがシビアに色々あるんだろうなって。閉塞感の中で雁字搦めになっている若者たち。

ヨシダ:誰かの輪の中にいる安心感はあると思うんですよね。私も学校にいて、周りと話は全然合わなかったけど、ひとりで行動はできなかったので、とりあえずその場に身を置いていました。何も言わないで、ただそこにいる。みんな居場所が欲しいんじゃないかな。

島崎:しかもそれって、みんな薄々気づいていることじゃないですか。気づいているのに、この世界の中でストレスを感じながら生きている。でも、そこから逃れられない。難しい世の中ですね。

(第3回に続く)