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東京・夜こそ行きたいカフェ事情

飲みに行った帰りや時間つぶしでなく、敢えて、夜こそ、「カフェに行く」予定を入れたい。そんな魅力的なお店が東京に増殖中。さぁ、夜カフェしに、わざわざ、出かけましょう。

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生演奏とともに。アーティスティックな隠れ家カフェ「月のはなれ」で過ごす夜

月光荘サロン 月のはなれ

素敵な音楽を聴きながら、ゆっくり美味しい一杯を味わいたい。でも、生演奏が楽しめるカフェバーは数少ないうえに、気軽に足を運べるプライスでもない……。そんな固定概念を覆すスポットがある。場所は銀座。ハイクラスな大人の街にあって、背伸びせず通えると評判の名店「月のはなれ」だ。

演者に手の届く距離で生演奏を堪能

歌人の与謝野晶子が名付け親である銀座・月光荘画材店。「月光荘サロン 月のはなれ」は創業100年を迎えた老舗画材店が、雑居ビル屋上の倉庫をリノベーションして、2013年12月にオープンさせた。

階段を登り、5階へ。ほのかに音楽が聞こえてくる。星明かり挿すバルコニー席では、先客たちがグラス片手にお絵描きを楽しんでいた。「画材屋が母体なので、スケッチブックや絵の具を置いているんです」と、ホールリーダーの小笠原さん。

クラシカルな扉を開くと、サックスやギターの奏者が熱演中。決して広くはない店内だけに、手を伸ばせば届く距離である。「月のはなれ」では毎晩20時頃から、腕利き演奏家によるさまざまな音楽が聴けるのだ。
だからといって、静かに聴き惚れなさい! なんてルールはないのだそう。お食事に集中したり、仲間との会話にいそしんだり、自由に楽しんでもらって構わないというカジュアルな雰囲気が心地よい。

ライブに関して一定の特別料金がかかることはない。飲食代の会計時に渡される”はなれのポチ袋”に、楽しめた分のチップを忍ばせればOK。全額が奏者に渡るそう。

「文化は拍手だけでは育ちません。豊かさは共感から始まると考えております。アートをもっと身近に感じられる文化を育んでいけたら」(小笠原さん)。

片隅には前述のお絵描きセットが。500円で絵の具や筆、パレットなどの月光荘画材を使ってお絵描きができ、スケッチブックは持って帰れる。お茶や食事の合間、アルコールの気持ち良さの中で握る絵筆は、幼い頃とはまた違った興奮を与えてくれるとか。

ルーツとなった文化人たちの匂いが随所に

おすすめのドリンクは名付け親に由来する、与謝野ブルームーン(1200円)。ジンにレモンジュース、マリーブリザール、パルフェタムールを加えた、少量でもしっかり味わえる1杯となっている。付け合わせには酸っぱめに漬けられたサクランボが添えられている。

与謝野晶子が詠んだ「許したまへあらずばこその今の我が身 うすむらさきの酒美しき」とは、このカクテルといわれている。ちなみに、月光荘のシンボル”友を呼ぶホルン”は、与謝野夫妻を中心とした当時の文化人グループが考案。メンバーは小山内薫や芥川龍之介、島崎藤村といった、錚々たる顔ぶれだったそう。音を奏でて多くの人に集まってもらいたい、という願いが込められており、「月のはなれ」はその意思の具現化といえる。

お腹を満たすなら名物のチキンガンボが間違いない。現オーナーがニューオリンズを訪れた際に出会った、フランス移民家庭のシチューである。「じっくり炒めた野菜とコラーゲンたっぷりの鶏スープに、9種類のスパイスを効かせています」。オクラのとろみが良く絡む豆ご飯か、人気ベーカリーの「シニフィアン・シニフィエ」とコラボしたコーンブレッドのセットで1500円。

多くの芸術家や文人、役者などに所縁を持ち、彼らのサロンが原点である同店。さまざまな感性が自由に交流できるようにと、生演奏だけでなく個展も随時開催している。「壁一面を利用し、なんかカッコ良い、カワイイと直感的に思える作品をディスプレイ。小難しい芸術論抜きに楽しめるよう選考しています」と、小笠原さん。ギャラリーで堅苦しく眺めるのとは違い、リラックスして挑むアートは、すんなり心に入ってくる。あれやこれやと仲間同士で批評し合うのだって面白い。

音楽や芸術に包まれながら、かつての文化人たちをルーツに持つ空間で一息。かといってお上品に振舞う必要のない、カジュアルなムードが心地良い。店内だけでなく、バルコニー席で星空を仰ぎながら過ごすのも良いだろう。フランス製ラタンの椅子でくつろげば、ほかにはない開放感とゆっくり流れる時間を得られるはず。

取材・文:金井幸男
撮影:きくちよしみ