logo

本能で動き感じる世界と"ひとり"の自分 夏木マリ インタビュー

ネットやSNSで広がる僕たちの世界から、ちょっと距離を置くための「ひとりの時間」について考える対談企画。今回は、夏木マリさん。映画も、音楽も、舞台もマルチに活動の場をもつ夏木さんの考える「自立した人」について。

1

私は、非常にバランスの悪い女なんです。

Co・ro・na / 私を生きて

夏木マリさんの考える「ひとりでいること」とは。まずは「ひとり」を考えるにあたって、周りの人間や世の中に対して毅然と向き合っていられる「自立した人」になるためには?という話。

夏木さんに自立した女、とか強い女、ひとりで生きていける女みたいなイメージを持つ人も世間には少なくない。夏木さん自身は自分をどう考えているのか。意外な言葉が返ってきた。

「人間ひとりでは生きていけないわけで。そもそも色々な人との関わりの中時間が流れていくんだけどね。私は全然自立は出来てないと思ってるの。 自分の理想があるとすれば格好良くて、ひとりで時間を上手に使えて、自分に責任を持てて、楽しめて・・・とか色々ある。 でも私は非常にバランスの悪い女だから。死ぬまで自立は出来ないんじゃないかなって」

「だから自立している人は素敵だなと思う。でも、『本当の意味で自立している人っている?』っていう風にも思っていて。特に私たち日本人は“こども文化”で育ってきちゃってるから・・・」

ここで夏木さんから飛び出したことば、「こども文化」とは一体何のことだろう?

「私、今パリから帰ってきたばかりなんだけど、どうしてパリが好きかっていうと都会なのに時間がゆっくり流れていて、その中で自立している人が多い気がするの。
だから時間の使い方、人との付き合い方が上手くてちゃんと自分の時間を持てている。そういう人が大人になっていくから、成熟しているっていうことにリスペクトがあると思うの。
日本ではどっちかというとフォーカスが子どもに向いている気がする。それもあって然るべきだけど、歳を重ねた人たちや成熟したものに対してもっとリスペクトがあってもいいのかなと。両方ないとカルチャーとしてバランスが悪いなぁと感じるの」

ひとりの時間、人との付き合い方、そのあたりのバランスを上手くとれることが、“ひとり上手”だったり“自立した人”みたいなものへの道だとすれば、それは成熟した文化の中でこそ育まれていくものなのかもしれない。実は3年前の別のインタビューで夏木さんは、その日本の文化のことを我々に「キッチュ」と表現してくれたことがある。

本質とは少し違う、流行っているものに飛びついてカルチャーに成熟する前に消費してしまうような傾向。

それはどちらかといえば、勿体無いというような感覚かもしれない。大木になり、花を咲かせ、実を成らせる可能性があるのに、新芽の時点で全て刈り取ってしまうような・・・。

そこに必要なのはもしかしたら、どの世代にもそれぞれの良いモノを見極め、さらにその先を想像できるような“愛ある審美眼”なのかもしれない。

長年カルチャーのど真ん中で発信し続けている夏木さんが思う、日本の文化のつくられ方の変化は周りを取り巻く環境、だという。

「昔は海外への憧れがあって旅をしていたけど、今はよく考えてみるとどこよりも都会が東京なの。ファッションもそうだし。ただ一個だけ。カルチャーがないんですね、この国は。それがね…。昔、日本にもカルチャーはあったんだけど、戦争でなくなり、江戸が華やかさの最後だったみたいな感覚がある。例えば、昔は、落語とか歌舞伎にはタニマチが付いて応援してるっていう文化があったけど日本ではそれは消えつつある。文化先進国はアーティストに対してそういう文化がまだ残っているのよ」

表現活動をしている人がいて、その周りにそれを支えるシステムがある、ということ。

それはつまり発信している人と、それをリスペクトし自分が出来る形である程度のリスクを負って支える、共作のシステム。それぞれにカルチャーを“自分ごと化”して考える習慣と言えるのかもしれない。

「だから、才能ある人は出て行く傾向にある。ファッションや食の分野でも、海外に行ってあちらに定着している。向こうの方がじっくり取り組めるし、カルチャーがある街は私たちみたいな人達にとっては住みやすいのよ」

普通に生きていると、東京には様々なエンターテイメントがあるからカルチャーがないという言葉にはピンと来ないかもしれないが、それは新規的で商業的な意味が強いものが多いとも言える。

目新しいもの好き、と言われると確かに納得せざるを得ない気もする。

本当の意味で奥深い芸能やアートに触れる習慣が少ない、そういう部分が夏木さんの言う「こども文化」なのかもしれない。

「誰が悪いわけでもなく、東京っていう街がそうなっちゃった、ってことに過ぎないけれど。その中で生きていると気付かないことが沢山ある」

本当の意味でのカルチャーを東京、引いては日本に育み成熟させるには、個人が他に影響されない物差しを持つことが、創造者と体験者両方に大切なのだとすれば、それこそがじぶんと向き合える「ひとりの時間」の中で生まれるのかもしれない。

文:岡野ぴんこ