映画プロデューサーや小説家など、多彩な活躍を見せる川村元気さん。川村さんには40代代表として、30歳からの生き方について語ってもらった。彼の30代が充実していたのは、ある考え方が重要だったよう。
川村さんは30歳くらいのときに、映画プロデューサーとしての成功を収めながらも映画以外の領域にも進出していきましたよね。どんな心境だったのかなと。
その頃、ちょうど『告白』や『悪人』を作ってたんです。『悪人』が10本目だったかな。30歳までに映画を10本作って、賞もいただいたし、ヒットも出たし、ひとつの「やり方」がわかっちゃった気がする自分がいて。
面白くないなーと思い始めた。
はい。自分のやり方みたいなものがわかった気になると、一番仕事ってつまらなくなるんです。そしてそれが転落の始まりだったりもする。そんな風に考えていたタイミングで、「新しいことやりませんか」というお話をいただくようになって。
その悩ましい想いが創作の領域を拡げていくことにつながっているんですね。
そのとき、やり始めたことが5つくらいあって。対談、小説、絵本、広告、音楽と。同時期にバーっと始めたっていう感じでした。今思うと、新人になりたかったんですよね。もう一回、まったくのズブの素人として自分が勉強しなきゃいけないし、自分をやばい状況に追い込みたいっていうのはあったんだと思うんです。
なるほど。モチベーションとしては「成功したい」っていうよりも、やってみることに意味があったと。
そうなんです。バックパッカーなんで、基本的に同じ場所に行かないんですよ。毎年ハワイ行く人とか毎年沖縄行く人とかいるじゃないですか。僕は、同じ場所に行けない性格なんですよね。
そのバックパッカー気質によって未知の世界に誘われるわけですね。
バックパッカーとして旅立つ前は、絶対治安悪いよ、病気になるよって悪いことばっかり考える。で、着くじゃないですか。たとえば、インドとか野犬がいっぱいいて。やっぱ来なきゃよかったなーって思うわけですよね。で、嫌だなーって思いながら過ごしてるんですけど、3日くらい経つと、あ、この町ってこんな感じだなーと。ここが危なくてここに美味しいものがあってここの景色がいいぞってわかった瞬間に、自分がその、「拡張したような感覚」になるじゃないですか。それが好きなんですよね。
自分が想像していた以上のことが起こりますもんね。良くも悪くも。
その想像を超えることを、小説とかアニメとか、音楽の仕事に置き換えてみると、自分の知らないことをやってみて、その結果、自分の身体を拡張するような感覚が面白いんです。小説ができたっていうのが面白いんじゃなくて、小説を書く過程で自分が見つけたものが面白いのだと。
30を過ぎて、そういう「面白さ」を意識しながら主体的に領域を拡げていくようになった。
と思われるのですが……実のところ映画以外は、全部人から言われてやった仕事なんです。主体性がゼロなんです。依頼されて、断ったつもりがずるずる進んでいたり、やらなきゃいけない状況になっていたり……。でもそれでいいと思うんです。あまり仕事に主体性はいらないと。
へー。意外です。主体性がないというよりかは、自分で選り好みしないようにする感じですね。
だいたい自分で選ぶものって予想通りなんですよ。勝算あるものや、できそうなものを選んじゃうからつまらなくなるんです。
まさに30歳のときの境地が「つまらなくなった」ですものね。
周りから来るオファーって、最初「嫌だなー」って思うんですが、それはだいたい「できない」と思い込んでしまっていることで。でも、やるとなったらそこから勉強し直すし、新しい発見がある。
できることが増えていくと、楽なほうに行ってしまう。自分で選ばないというのは、自分の可能性に蓋をしないことにつながるわけですね。
それから、『仕事。』で対談した横尾忠則さんの言葉にすごい影響を受けました。トラックにはねられたときに、転んだ先に見えた道がだいたい正解で、自分が崩落しかけた感覚の先に新たな道が見つかるということを言っていて、今でも真理だなと思います。だから僕も、事故が起こる状況を自分で作っていったって感じです。
じゃあ、明快に選択肢を設けてこっちが正しいかっていうよりは……。
だいたいこっちが正しそうだっていうほうはだめでした。30の頃にそれがわかったのが一番大きかったです。
ただ、未知の領域は得るものが大きい分、失敗する怖さもある。失敗であったり、無駄に終わってしまうようなこともある。だから多くの人は、どうしても「できること」を選んでいってしまうし、手に届く目標設定をしがちです。
あんまり将来の夢とか目標設定とかしないほうがいいと思っているんです。人生の目標を設定した瞬間にそこに縛られるじゃないですか。自分で、こう行くぞって決めた道って大して面白くない。映画の展開もそうで、ポン・ジュノの『パラサイト』を観て、あの展開はまったく予想できないじゃないですか。僕も映画の人間だから、人生もああじゃなきゃなと思います。
とはいえ、川村さんも脈絡なく生きているって感じはしなくって、いろいろやっているけどすべては映画に帰着しているのかなと思います。
映画ってすべてを受容できる世界ですからね。何を作っていても僕の仕事は、ストーリーテリングなので、結果的にはあらゆることが物語になると思って生きています。
誰しもが、川村さんのように30歳にしてひとつの道で確立された存在になることは難しいけれど、少なからず「できること」への万能感にあぐらをかき、仕事を楽にしたくなる感覚を覚えていくことはある。でも、知力も、体力も、モチベーションもまだまだこれからという30歳からの10年に、「新しいこと=できないこと」を避けていくという選択はその後の人生にとってとてもリスキーなことなのかもしれない。むしろ、ここまでに培った「できること」があるからこそ、それを心の担保にして、どんどん失敗し教訓を得られるチャレンジをしていくべきなのではないだろうか。
<川村元気さんの最新情報>
『映画ドラえもん のび太の新恐竜』
2020年、全国東宝系公開
ドラえもん50周年記念作品で、映画40作目。双子の新恐竜、キューとミューの仲間の恐竜たちを探して、6600万年前の白亜紀を舞台にのび太たちが大冒険を繰り広げる。新しい恐竜と新しいのび太の物語は、大人になった今こそ観てほしい。脚本を手掛けた川村さんの想いと映画の詳細については、Harumari TOKYOのWEBマガジンで公開予定なので、そちらもぜひチェックしてほしい。
撮影:岡祐介